まずは隊員の配属されている漁港へ行き、同期のMさんに案内してもらう。
ここは漁港内の託児所。
昼寝の時間だったのに見慣れないヨボ(白人)が来たものだから大騒ぎ!
Kちゃん本当に申し訳なかった!
その後歩いてここも隊員の配属されている「HOMEL(ラギューン母子病院)」へ。
というのも何とここの先生と親父が知り合いになっていたのです!
話は数週間前にさかのぼります。
このHOMELの先生が日本に研修に行っており、その際和歌山県田辺市(実家)にある病院を訪れたらしいのです。
そのことが地元の紀伊民報という新聞に掲載されて、それを見た親父はベナン人が他人に思えずどうしてもあいさつがしたかったらしく、すぐにその病院へ駆けつけました。
しかし駆け付けたころにはすでに研修が終了しており、もう大阪へ戻る日。
何と今度は駅に駆けつけ、そこでやっとあいさつをすることができたらしいのです。(もちろん通訳さんを通してです)
それに感銘を受けたHOMELの先生はベナンに帰国してからJICA事務所で「日本で赤石さんという人にお世話になって、もうすぐベナンに来るらしいからお礼がしたい。」ということを伝え、電話番号を残していったのでした。
(親父の行動力に息子もびっくりです)
ただ会うことができたのは両親が帰国する今日。
家に招待をしたかったというこの先生はがっかり・・・。
そこで忙しいところ時間を作ってくれて、食事だけ一緒にしに行きました。
自分が通訳をしながら両親とベナン人の先生をつなぐ。
本当にちょっとしたことがきっかけで、こうやって人と人のつながりができるのが面白いなーとしみじみ思ってしまいました。
その後は西アフリカ最大のマルシェ(市場)、「ダントッパ市場」へ。
その人の多さとパワーに両親はびっくり!
そしてCPAというお土産センターに寄って、数少ないお土産の中から日本への品を選ぶのでした。
夜、いよいよ出発の時。
寂しいという気持ちはない。
(高校のころから父親は単身赴任、大学からはずっとひとり暮らしである。)
ただ、両親にそろってベナンに来てもらうことができたなんて、本当に幸せなことだと思った。
案外デリケートで、常に虫よけをふりまくり、タクシーの中でも排気ガスを気にしてタオルを鼻の周りに巻き、現地食には進んで手を出さない親父。
それでもベナンに来るにあたってフランス語を勉強して来て、難しいフランス語の数字を1〜100まで言えるようになっていた。(どうして10までじゃ満足しなかったんだろう・・・)
そしてやたらと人に年齢を聞いて、それを聞きとってしまう・・・。
「何で昼過ぎなのにボンソワールなんだ?ボンジュールじゃないのか?」とベナンフランス語の怪しいところにも気づいてしまった。
町中の子どもにも、謎の中国人のような日本語で話しかけてコミュニケーションをとってしまう。
そして意外にもアグレッシブなオカン。
現地食には積極的にトライし、「あんまりやなー」「これはおいしい!」と評価。
テンションの高いベナン人女性と共に、同じ様なテンションで頬をつけて抱き合ってあいさつをしている。
ずっと主婦で外に出る機会が少なかったからか、超羽を伸ばしている感が・・・。
実はめちゃめちゃ適応力があるのかも・・・。
そんな両親の知らない一面を見ることができたのも今回の旅のおかげ。
もしかしたら両親自身にとっても新たな一面の発見があったかもしれない。
今回両親を迎えるにあたって目標にしていた、「生活・活動する姿を見てもらって安心してもらう」「海外旅行を楽しんでもらう」「途上国について少しでも理解してもらう」ことは達成できたかな!?と思う。
そして自分なりに精一杯親孝行もすることができた。
そして、
「ありがとう!来て良かった!」
と言って帰って行った親の言葉が無性にうれしかった。


