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2009年03月20日

自分の役目

先日とてもうれしいことがあった。
教え子の卒業式の様子が気になり、勤務校のホームページを見たところ、「答辞」が掲載されていた。
そしてその中に次のような内容があった。

「ベナン共和国へ赴任されてもなお「ベナンの風便り」で私たちを見守ってくださっている赤石先生」

「先生方からは学習だけでなく 教育とは 人とは 世界とは何かを教えていただき その姿に人としての在り方を学びました」

学校を出てから1年経つというのに、卒業式という大舞台で自分のことにまで触れてもらって、ものすごく感激した。
「ベナンの風便り」とは自分が勤務校に月1回送っている通信のことで、このブログにも掲載している。
確かにこちらに来た後も、少しでも子どもたちに新しいことを伝えたいという思いで通信を書いていた。
ネットカフェに行った際には必ず勤務校のホームページを開き、様子をチェックしていた。
その思いが伝わったのだろうか?
そうだとしたら思いが伝わるということは本当にうれしいことである。

ベナンに来て、思いが伝わらない場面がたくさんある。
国民性が違うし当たり前のことなのかもしれないが、思いが伝わらないことはとても寂しい。
もちろんこちらの言いたいことをくんでくれる人もいる。
でも言葉なしには何も始まらない。
日本人同士の、言葉なしでも気持ちをくんでくれる状況というのは、特別なものなのだろうか?

そんないろいろな面で不自由のあるこの国での活動もあと約1年となってしまった。
最近、「自分がここにいる意義とはなんだろうか?」
と考えてしまうことがある。

「日本の子どもたちに、こちらでの経験を還元すること。」
と割り切ってしまえばそれでいいことなのかもしれない。

でも昔から自分が思い描いていた協力隊の活動はあくまでも、
「現地の人と共に、現地の状況を改善すること。」
であり、今でもその気持ちは変わらない。
そういった意味でたまに不安になることがある。
「1年後帰国する時、現地に残ることはあるだろうか?」

こっちで活動していて、協力隊活動で成果を出すことがいかに難しいかを思い知った。
何をやろうにも思うようにはいかない。
現地の人には現地の人なりの「できない理由」がある。
そしてその「できない理由」というのは、自分たちにはどうすることもできないことが多い。(他の隊員の人たちの状況は分りませんが・・・)
「成果」の基準も人によって違う。
要するに「自己満足」できるかどうかと言ってもいいのかもしれない。
でも「自己満足」といえど、結構難しい。
派遣前からそれぞれが思い描いていたものがあるから、現状と自分の能力を考えた上で妥協点を探さなければならない。

さああと1年。
自分が残りの期間でやりたいこと(やれそうなこと)はある程度はっきりしている。
それをやり通すことが、最低限の「自分の役目」であり、それができなかったら日本に帰ってからも、しこりの残った生活を送ってしまうだろう。

まっ、何とかなる!(はず・・・)

ということで今回は真面目な話でした。

家の前の子供たち.JPG
家の前の子どもたち。この子たちの未来のために。



posted by 赤石 at 23:59| Comment(6) | TrackBack(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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