投票手(チョキ) blogram投票ボタン

2009年09月29日

マイジャンベ

ついに自分のジャンベ(アフリカ太鼓)を購入!
1週間ちょっと前に隣村のアジャラ(太鼓で有名な村)で注文したやつがついにできた。

マイジャンベ.JPG

ちょっと値のはる買い物だった。22000フラン(約5500円)
もっと安いやつも手に入るのだが、注文した人が一応コートジボアールで免許を持っている人で、良い木と良い皮選んで作ってくれるということでお願いした。

ただ実際に取りに行ってみるとちょっと残念な感じ・・・。
近くで見ると彫刻が雑すぎる・・・。
やはり細かい作業は日本人かな!?

残念な彫刻.JPG

一緒に注文した他の隊員のジャンベは、アフリカの地図のベナンの位置に貝を入れるように言ってあったが、入れてあった場所はガボンあたりの全然違う場所・・・。
どうやらアフリカの地図のどこにベナンがあるのかよく分からなかったらしい。
しっかりと教育を受けてきていない人は実際にそうなんだろうなと思う。

でもまあ一応手に入ったので、少しずつ練習していこうと思う。
posted by 赤石 at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月27日

最近はまっていること

最近はまっていること・・・
それは「ペタンク」。

ペタンク(Pétanque)とは…
フランス発祥の球技である。名称は南フランス・プロヴァンスの方言「ピエ・タンケ(両足を揃えて)」に由来する。地面に描いたサークルを基点として木製の目標球(ビュット)に金属製のボール(ブール)を投げ合って、相手より近づけることで得点を競うスポーツである。
〜フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より〜

砲丸のひとまわり小さいやつを投げて、カーリングをやるイメージかな!?
ベナンではもともとフランスの植民地だったということで当時からペタンクが伝わっており、町のいたるところで楽しんで人たちを目にすることができます。
ちょうど家の前でもいろいろな人が入れ替わり立ち替わりペタンクをしているので、やらせてもらっています。
名前だけは日本にいるときから知っていたペタンク。
以前勤務校にALTとして働いていたカナダ人の先生が、休みの日は1日中公園でやっていて、雨が降っていてもカッパを着てやっていると聞いて、内心「この人たちはおかしいんじゃないか!?」と思っていたのですが(ロブさんごめんなさい・・・)、その楽しさがだんだん分かってきて、ベナンでも1日中やっている人たちがたくさんいます。
今日は友達が何とペタンクのベナン代表としてアフリカカップなどに出場しているということで、そのやっている様子を見せてもらいに行きました。

ペタンク.JPG

何とこの中に3人ベナン代表経験者がいます。(ちなみに投げている小さいボブサップみたいな人は違いますよ。ボクサーらしいです。)
すごいハイレベルな戦いで、みんな真剣そのもの。(まあお金をかけていたからなのですが・・・)
当然この中に入ろうとも思えず、隅で友達に教えてもらっていました。
周りには土壁の家に住む小さな子どもたちがいっぱい。

広場の周りの子どもたち.JPG

終了後は友達の家でベナンの地酒・ソダビ(パームヤシの蒸留酒)をいただき、アカサ(とうもろこしの粉の上澄みを固めたもの)をいただきました。

アカサを一緒に.JPG

そしてその後は近くにヴァンドパルムというパームヤシのワイン!?(パームヤシの幹から抽出するらしい)を飲めるところがあるというので連れて行ってもらいました。

パームワイン.JPG

ちょっと酸味があり、アルコール度数はあまり高くないのですが、甘くて、お酒の苦手な人でも飲めそうな感じ。
1リットル入りのビンで何と300フラン(約75円)。
超お得。
ペタンクだけでなく、ヴァンドパルムにもはまりそうです。
posted by 赤石 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月24日

研修会の後には・・・?

いよいよ10月1日から学校が始まるということで(本当に始まるのか?)、今日はベナン全国の小・中学校の先生たちの研修会が各地で行われました。
でもやはりここはアフリカ、ベナン・・・。
8時開始予定が結局始まったのは10時半頃。
時間まではどういう形でどの部屋でやるのかも知らされていない先生たちが、校舎の外で待っています。

始まるのを待つ先生たち.JPG

でも先生たちがなかなか来ないというのは主催者側もよく知っているので、プログラムにとてもゆとりがあります。
例えば
8:00〜9:00  先生たちの来校、各教室へ
9:00〜9:30  テーマの発表
9:30〜12:20 活動1
といった感じでとてもおおざっぱ。
まあ参加者側の先生たちも時間どおりに始まらないのを知っているので遅く来るというのもあるのですが・・・。
まあとにかく悪循環です。

今回のテーマは「各学校での教科会議をどのように活動的に行っていくか?」です。
各学校ではだいたい木曜日の17:00〜19:00にAnimation Pédagogique という教科会議のようなものが行われています。
ただ実際には形ばかりで、人が集まらなかったり、遅れてきたり、ただしゃべって帰ったり・・・。
たまにテスト前に問題を他の先生に見てもらったりしているくらいです。
これなら無理して毎週やらなくてもいいんじゃないかと思うのですが、ただベナンは職員室に机を置いてみんなで仕事をするということはないので、個人的に質問をしたりすることができないのです。
日本なら困ったことがあれば個人的に聞いたりすることが簡単にできるのですが・・・。
だから本当は大切な場なはずなのです。

それを考えたら今回のテーマは良いのではないかと思います。
実際に研修が始まってみると、先生たちは形式ばった模範解答を次々と並べていきます。
先生たちは何をするべきなのか知っているのです。
研修を行っていた先生が、「実際のことを話してほしい」というと、
「そんな本当のことなんて言えない!(本当は家で寝ている)」
「休憩だ!」
という回答が・・・。

ただもっと先生たちの意見を掘り起こしていくと、
「プログラムが変わって時間のゆとりがなくなった。」
(数年前にAPCというフランス式の生徒中心の授業法が導入され、グループワークなどをやろうとしているが、なかなかうまくいっていないのが現状である)
「問題が山積みなのに、1er cycle(中等学校7年ある内の前半4年間)のことは話題に上げてくれない。(2ème cycleの先生の方が発言権を持っているらしい)」
「担当責任者も遅れてくる」
「計画性が全くない」

などいろいろ思うところがあるようです。
その後資料の分を1時間くらいかけて読んでいましたが、結局終了予定時刻よりも1時間くらい早く終わって流れ解散になってしまいました・・・。

ただ今回の研修会の参加者はとても多く(もちろん来ないといけないのですが)、教室にいる時間が長かったです。
いつもなら何か食べに出て行ったきり帰って来なかったりするのに、昼休み中でさえ教室にいることが多かったです。
というのも実は今回の研修後に1年分のボーナスがもらえることになっていたのです。
もらうためには何枚かの紙にサインをしないといけなく、それがいつ回ってくるか分からないためです。
金額は約130000フラン(約3万円)
ベナンではとても大金です。

ただこのボーナスをめぐっても問題が・・・。
研修中に担当者が来て
「臨時教員は今回渡すことができないので、各校長に聞いてみてください」
と言ってしまったのです。
しばらくすると、声をかけ合って各教室から臨時教員が出ていき、ストライキ開始。
どうやら昨年はボーナスが普通にもらえたらしいです。
ベナンは今本当に厳しいようです。(公務員のボーナスも払えないと言っていました)
ただ研修会は臨時教員こそしっかり受けないといけないと思うのに、これでは意味がないですよね。

それでもお金がその日にもらえるかどうかというのは、ベナンの人たちにとってとても大きな問題なのです。
posted by 赤石 at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月20日

ベナンの風便り

ずっと宣伝をしていませんでしたが・・・
毎月1回勤務校に「ベナンの風便り」という通信を送付しています。
このブログの右側に添付しているので、もしかしたら見てくれていた人もいるかもしれませんね。
今回2009年9月号は「ベナンの進級事情」についてです。
もし時間がありましたら見ていただいて、感想やもっとこうした方がいいなどのコメントをいただけるとありがたいです。
また最近若干ネタ切れになってきているので、こういうことについて知りたい!ということがあればそれも教えていただけるとうれしいです。

ちなみに、これまで扱ったテーマは以下の通りです。
2008年4月号「ベナン共和国って?」
2008年5月号「教育制度」
2008年6月号「ベナン到着報告」
2008年7月号「子どもたちにおける問題」
2008年8月号「任地、首都ポルトノボ」
2008年9月号「食事」
2008年10月号「交通手段」
2008年11月号「時間割紹介」
2008年12月号「ウィダ、そして奴隷貿易」
2009年1月号「活動報告」
2009年2月号「中学生39人に聞きました!」
2009年3月号「パンジャリ国立公園旅行記」
2009年4月号「どうなる?どうする?ごみ問題」
2009年5月号「伝統衣装『ボンバ』」
2009年6月号「季節で生活を変える人々」
2009年7月号「ガボン共和国」
2009年8月号「ニジェール共和国」
2009年9月号「進級事情」
posted by 赤石 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月13日

命をいただきます

今日は特別な日である。
というのも先輩隊員が帰国するということで、飼っていたムトン(雄羊)のハルクと雄鶏の山ちゃんを絞めてバーベキューをするのである。
初めからこの日が来ることは分かっていた。
でもとてもかわいがっていた先輩隊員。
はっきり言って複雑な心境である。
誰か知り合いに譲るという選択肢もなかったわけではない。
でも最初からこうなることが分かっていた以上、自分たちで責任を取りたかった。
(というかとるべきだと自分は思っていた)

朝、ハルクを預けていた友人の家から、バーベキュー会場まで運ぶ。
足を縛って運んでいる時も「メェーメェー」舌を出して泣き叫ぶ姿に、(本当に絞められるのか!?)という疑問を抱いた。

そしていざ絞めるというとき。
先輩隊員の友人のベナン人がさばくのを手伝いに来てくれた。
そのベナン人にやってもらってもよかった。
でもこうなることが分かっていた以上、自分たちの手で、という気持ちが自分にはあった。

結局自分がムトンの首を切った。
その後は昨年タバスキの時に見たのと同じ手順でベナン人が手際よく行っていく。
足を切って空気穴を作り、そこから口で息を吹き込んでお腹をパンパンにさせる。
そしてその皮をかみそりできれいに剃っていく。

毛をそる.JPG

そして首と手足の先を切り落とす。

首を切る.JPG

どうやらベナンの文化では首と手足の先は、絞めた人が持っていくものらしいので、本来ならば自分のものなのだが、そんなところ自分たちでは料理のしようもないのでベナン人が持って帰る。
どうやら頭はうまいらしい。

そして内臓を取り出す。
せっかく大切な命をいただいたのだから内臓も有効活用。
看護師隊員をはじめ他の隊員と共に「ここは胃だ。ここが肝臓だ。」と勉強。
そして誰かの提案?で気管から肺に空気を送り込んでみる。

肺に空気を入れる.JPG

そうするとさっきまでどす黒くなっていた肺が少し大きく、そして部分的にピンク色に変わっていった。
ついさっきまで動いていた器官なのだ。
やってみないと分からない発見である。

そして肉を細かく切ってもらって、自分たちがあまり好まない内臓や皮などはベナン人に持って帰ってもらった。

肉を切る.JPG

ムトンが終わったら次は鶏である。
首を切って血抜きをする。

山ちゃんの首をきる.JPG

そしてお湯につけて毛をむしり取る。

毛をむしる.JPG

お腹を切って内臓を出し、洗って終了。

その後隊員宅で調理をし、バーベキューをしたのだが、正直こんなにおいしいムトンを食べたのは初めてだった。
買ってきた牛肉なんてめじゃなかった。
たいていムトンというのは獣臭く、牛や鶏に比べてうまくない。(と自分は思う)
でも自分たちが育ててきたムトンは先輩隊員がかわいがってくれていたおかげで、いつもトウモロコシやマニョック(キャッサバ)の葉を食べさせてもらっていた。
その辺のムトンはいつもゴミ捨て場をあさっている。
その違いじゃないかということだった。


今日1頭と1羽の命を自分たちの手で直接いただいた。
残酷と感じる人もいるかもしれないが、普段その作業が自分たちの目の届かないところにあるだけである。
動物は他の命をいただかなければ生きていくことができない。

日本ではスーパーで白いトレーに乗った肉が売られていて、こんな現場をみる機会なんて普通はない。
でもその裏では大切な命が失われているということを思い出すときがあってもいいのではないかと思う。


P.S
夜、自分がムトンを足で踏みつけて首を切ったように、大男に踏みつけられて首を切られるのを一瞬想像してしまった・・・。
考えすぎは良くないな・・・。
(トラウマにはなっていませんから。念のため。)

でも絞めるのなら名前を付けてかわいがるのはもっと良くない・・・。
次にもし何か飼うことがあったら、名前は付けないようにしよう・・・。
posted by 赤石 at 23:59| Comment(3) | TrackBack(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月12日

さよならフェット

今日はポルトノボを去る隊員が自分自身で主催したフェット(祭りのようなもの)が行われた。
ベナンではこういう場合自分自身でフェットを行うのが普通である。
知り合いのアーティストも呼んで、その隊員と自分は後ろで太鼓をたたく。

ジャンベ族.jpg

数回そのアーティストと一緒に練習したが、練習なしでもできるくらいの単調なリズム。
まあそれでも満足だが・・・。

それにしても本当にベナン人に慕われていた先輩隊員だった。
年下ではあるがその行動力にはいつも感心させられた。
そして今日も多くのベナン人が駆け付けた。
その先輩隊員が帰ってしまうのを残念がる人々・・・。

自分が帰国する時ってどんな感じなんだろう・・・、そう思ってしまった。
もうあと半年後である。
posted by 赤石 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月11日

活動の終着点

活動をどのようなかたちで終えるか。
これは隊員の状況によって異なってくるが、とても大切なことだと思う。

自分の場合、教育省の中等教育局というところに配属されているが、正直なところ職場の人に何かを期待されたことは一度もない。
ただその場所に机といすを与えられただけで、こういう点で協力をしてほしいということがないのだ。
まだベナンへ協力隊の派遣が始まって4年なので、仕方がないと言えば仕方がないのかもしれないが、要請の中には残念ながらこのようなケースも多くある。
ベナン事務所立ち上げ時に、状況が分からないためとりあえず何をやるにもやりやすい教育省を配属先としたらしい。

そんな中で自分が行ってきたのが理科の授業における実験指導について。
自分が楽しむことを考えれば本当ならば自らが授業を受け持って、生徒たちを対象に活動したかった。
でも自分は現職の教員、他の理数科教師隊員にはできない現職ならではの活動をと思い、教員対象に活動を行ってきている。
実験指導をしている理由は、もちろんベナンであまり行われていないからであるのだが、言葉の不自由な外国人である自分が、「やってみせる」ことによって伝えることができると考えているからである。

そう思い昨年度は教員研修を行ったり、実験教室を行ったりしたが、実際のところ教師に効果的に伝わっているとは言い難い。

ベナンの教育事情は確かに教師が時間に遅れてきたり、来なかったりと大変なことはあるが、中にはモチベーションの高い教師もいるし、授業の上手な教師もたくさんいる。
そのため(それだけではないが)実は自分は後任を要請しなかった。
考え方はいろいろだが、来る人によって「やりたいこと」「できること」が変わってくるだろうし、自分の活動が継続されるとは思えなかった。
事実、自分は2代目であるが、前任者の活動を全く引き継げていないし、前任者が帰国してから1年間の空白があった。
それに理数科教師隊員は世界的に不足している。
自分が帰国してすぐにタイミングよく来る可能性は少ないし、もっと効果的に任国に協力できる現場があるなら、そちらに回ってもらった方が良いとも思った。

そのため自分の活動を自分の代で切りの良い形で終わらせないといけない。
そういったいろいろなことを考えていると、やはり成果物を残して研修を行うのが一番良いのではないかという考えに至った。
そう身近な材料を用いた理科実験についてのマニュアルである。

しかしながら自分ひとりでからまわって活動していても仕方がない。
ベナン人と共に協力して作り上げるからこそ意味があるのである。
そして今日、そのパートナーが見つかった。
昨年度行った活動のひとつである物理化学のモデル授業を行った先生で、現在も元教育省長らと共に授業の指導書の作成を行っているらしい。
そしてその先生に自分のプランを話したところ、何とその先生も2年ほど前に志を同じくする仲間とそういうプランを立てていたが、その同僚が上の役職へ昇進してしまったために、停止していたというのである。
そして自分にとってうれしかった言葉。
「自分は仕事をするのが好きなんだ。だから一緒にやろう。」

帰国まで約6か月となってしまったが、目標がはっきりした。

この状態になるまで1年以上かかってしまった。
でもその期間は無駄ではなかったと信じている。
周り道ではあったけど、いろいろな活動をしたことを通して、こういうモチベーションの高い先生と巡り合えた。
無駄なことはひとつもない。
人との出会い、つながりに感謝。
posted by 赤石 at 23:59| Comment(3) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月06日

ベナンVSマリ

今日はサッカーベナン代表のワールドカップ予選ホーム戦「ベナンVSマリ」。
前回のように朝早く起きてチケット売り場へ。
今回は15人の観戦で、前回は1000フラン(約250円)の席だったが、今回は2000フラン(約500円)の席に格上げしてみた。
まだ6時台に売り場に着いたが、もうすでにたくさんの人が並んでいる。
売り出しまで約1時間、みんななんとなく並んでしゃべって過ごしていたが、時間が近づくにつれて、割り込みをさせまいと前後の間隔をなくす・・・。

チケット売り場.JPG

はっきり言って距離が近すぎ・・・。
男同士びっちりくっついて若干気持ちが悪い・・・。
そしてそろそろ売り出しか!?という時間に考えられないことが起こった。
なぜか全然違う場所にある窓口に人が並び始めたのである。
そう!自分たちが1時間並んでいた窓口では今回は販売しないのだ!(前回はここだった)
状況をよく把握できない自分はかなり遅れて違う窓口の列へ向かう。
(あー、せっかく早く来て並んでいたのに結局今来ても一緒じゃん!)
そう思っていた時に神の一声!
「ヨボ!(白人)、お前ずっと並んでただろ!?俺の前に入っていいよ!」
神は見放さなかった!
そしてやさしいベナン人!ありがとう!

こうして何とか人数分のチケットをゲットすることができたのである。
それにしても毎回チケットを買うだけで何かしらあるのはどうしてだ!?

そして昼過ぎ。
16時キックオフだが、13時半に集合。
会場に入って2000フランの席に向かうが、自分たちが入ったところはなぜか2000フランの席と1000フランの席が混ざっている場所。
いまいち理解できないが、そういう場所なのだ。
そしてそこはすでにある程度客でいっぱいになっていたので、別の2000フランの席に向かおうとする。
そしてここでまた問題が。
「いったんスタンドに入ったら、チケットを持っていても出られない!出たらもう入れないぞ!」
まだ会場もそこまで込んでいないのに理解できない!
結局一緒に行った外国人3人が必死に交渉してくれて出ることができたが、何かと面倒なことが多い。

席に座って試合時間が近づくのを待つ。
全身にペイントをしたサポーターがいたので記念にパチリ。

サポーターと.JPG

今回はマリとの試合。
前回はアウェー戦で負けている。
ワールドカップへの道を残すためにも絶対に勝たないといけない試合。
そのため!?試合開始前からグリグリ(黒魔術)攻撃!
ゴール裏で何やらやっていて、それと一緒に観客もマリサポーターに向かって何やら言っていた・・・。

試合はと言うと・・・
前半の前半はずっとベナンペース。
結構得点チャンスもあったがものにすることができない。
イエローカードの累積で出場停止になっていたステファン・セセニョン(パリ・サンジェルマン所属で、チェルシーからも声がかかっていた)がいれば・・・と思わずにはいられない状態。
前半の後半はずっと動いていたフォワードのオモトヨシ(メッツ所属)やポテ(ニース所属)も疲れが見え、全然ダメな状態で終了した。
後半の前半はまたベナンペース。
ここで点を取れなかったらもうとれないぞと思っていたが、チャンスをものにできない。
そんなときにマリに先制ゴールを許してしまう・・・。
苛立つベナンサポーター。
そして相手の悪質なファールに対してカードが出なかったことで怒りが爆発。
スタンドからは水の入った袋がグラウンドに向けて投げ込まれる。
残り10分を切った。
ちらほらと帰りだすベナン人サポーター。
そんなときに何とベナンが豪快なゴールで同点に追い付く!
これまでの雰囲気が嘘のように喜びだすベナンサポーター。
超分かりやすい。
そして興奮してさらに水の袋が投げ込まれる。

やっと1点!.JPG

試合終了直前にも大きなチャンスがあったが結局試合はこのまま終了。
でも何とか同点に追いついて良かった!

解散後、自分は見ることができなかったが、競技場出口付近は大変なことになっていたらしい。
ベナン人サポーターが暴徒と化し、マリサポーターの乗ったバスに投石。
バリバリに割れるバスの窓ガラス。
中のマリサポーターはカーテンにくるまりながらおびえていたようだ。
何があったのかは知らないが、ホーム戦で勝てなくてそんなことをするのは見苦しい。
日本人からすると感情に任せて行動するベナン人にちょっと疑問を持ってしまうこともある。
まあ日本人が冷めているのか!?ヨーロッパのサポーターもすごいし・・・。


結局「ベナン」「ガーナ」「マリ」「スーダン」の4カ国で競ったワールドカップ本選出場権。
ガーナ  12ポイント
マリ    5ポイント
ベナン   4ポイント
スーダン  1ポイント
で2試合を残してガーナが出場を決めた。
ベナンが出場することを夢見ていたが、まあ順当か・・・。

ただこの最終予選、2位までがアフリカカップの出場権を得られるらしく、残りの試合も見ごたえがありそうだ。
次は10月10日か11日(未定)、ガーナ選。
エッシェンやアッピアといった世界的選手も見ることができる。
セセニョンも復活しているはず。

おそらく次が最後の観戦となるので、是非会場に足を運びたい。
posted by 赤石 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月04日

編集委員の仕事&活動報告

隊員総会が終わってから3日間、コトヌーの事務所で広報編集委員の作業。
これまでは各担当者が各任地で行っていたが、今回機関紙のボリュームアップを図るということで、そのまま委員が残って一気に完成させようというのがねらい。
機関紙の内容は、独立記念日レポート、写真展の報告、各任地・活動紹介、新隊員紹介、帰国隊員あいさつ、事務所員あいさつなど。

また作業3日目には任地のポルトノボで帰国する隊員の最終報告会が職場で行われたので、午前中だけ事務所員と一緒に任地ポルトノボへ行ってきた。
2年間の活動の報告。
やはり帰国隊員にも強い想いがあって、最後はうまく言葉にならないところもあったが、実際にはそんな言葉は必要なく、活動を共にしてきた人たちには十分すぎるほど伝わっていた。
本人は活動を通して何か伝えることができたのか不安に思っていたが、実際には隊員が活動する姿から多くのことを学んでいたようだ。
本当に多くのベナン人から慕われていた先輩隊員だった。

DES報告会.JPG

またその場で同じ配属先である残りの隊員も5分間で活動紹介をするということで、自分はただやってきたことを羅列しても仕方がないと思い、やってきた活動の中で問題のあった点だけを紹介し、アドバイスをもらう形にした。
上司は普段忙しいのでなかなか活動の話をすることができていない。
こういうときがチャンスだと思って話をしてみたが、予想通りアドバイスのようなものをもらうことができて、自分にとっても意味のある発表会になった。

発表会が終了してコトヌーの事務所に帰ったころには機関紙はほぼ出来上がっていた。
これを最後に委員会も引退したが、最後にみんなで和気あいあいと良い仕事ができて良かった!

機関紙.JPG

posted by 赤石 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月01日

隊員総会&送別会

年に2回、ベナン隊員全員が集まって隊員総会が行われる。
今回は2日間の開催で、全隊員59名がコトヌーに集まった。
内容は安全対策セミナーに始まり、隊員から事務所に提案する内容の選定、各任地からの一村一品の紹介、委員会決め、医療講座、事務所からの回答など多岐にわたる。

下の写真は自分が所属している広報編集委員担当の写真展の様子。
今回は初の試みで、テーマ「笑顔」の写真を集め、コンテストを行った。
最も多くの票を獲得した作品は、数日後に発行予定の隊員機関紙の表紙を飾ることになる。

写真展.JPG

これは一村一品の商品の販売会。
各任地の物産から、隊員が活動先で作っているものまで様々なものが並ぶ。
例えば障害者グループと共に作成しているキーホルダーや石鹸。
女性グループと共に作成している捨てられたゴミ袋を編んだ財布。
漁港の女性たちと共に作成している魚のうろこを利用したピアス。
北部でよくとれるらしいシアバター。
楽器で有名な村で作られている小さなマラカス。
布きれを継ぎあわせて作ったリサイクルバックなど。

一村一品.JPG

隊員数も多くなったベナン。
前回の総会ではマラリアキットが配布されたが、今回は各任地に1台衛星携帯電話が設置されることになった。
非常事態時に携帯電話が使えなくなったとき用らしい。
本当にどんどん状況が変わるものだ。


夜は今回帰国する19年度2次隊の送別会。
5名のお世話になった先輩隊員たちが22日に帰国する。
その中にはポルトノボで1年以上一緒だった隊員も含まれる。
先日その先輩隊員から提案があった。
「送別会の時に○○にポイを回してもらって、私たちはジャンベか何か演奏しません?」
「ポイ」というのはニュージーランドのマオリ族が発祥のものらしく、ひもの先に布がついていて、それに灯油をしみこませて火をつけて回すというもの。(中学校のキャンプファイヤーでよくやるやつのひも版で、棒よりも難しい。)
先輩隊員はニジェールに任国外旅行に行ったときにそれを見て影響を受けたらしい・・・。
(ニジェールでは何人かの隊員がポイを回せるらしい。)
そして自分がニジェールに行った時もポイの練習用をもらってきていた。
本当は自分が回せればいいのだが、結構不器用な自分はそんなにすぐできるようにはならない。
そこで今回は運動神経が良くて器用な隊員が行うことになった。
「ジャンベ」とはアフリカ太鼓。
自分は赴任してすぐに太鼓を買っていたので、演奏することになったのだが、結局やったのは先日ちんどん屋で使った鐘をカンカン鳴らすこと。
太鼓は他の隊員にお願いした。

結局大盛況で終わったのだが、送別会まで1か月もないくらいだったのに言い出して実行して(させて?)しまう先輩隊員の行動力は本当にすごいと思う。
そういう姿勢が活動にもあらわれていた。
もう帰国してしまうというのが何だが不思議な感じである。

真ん中が帰国するポルトノボの先輩隊員

ポイ族.JPG
posted by 赤石 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | JICA行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。