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2009年11月27日

タバスキ@パラクー

イスラム教の犠牲祭「タバスキ」に合わせて、ベナン北部に位置するベナン第2の町パラクーへ移動した。

パラクー地図.jpg

ポルトノボで行き方について調べていると、どうやらポルトノボから直接パラクーへ行くバスが毎朝6:30集合、7:00出発で出ているらしく、それで行くことに。
そして当日の朝・・・起きたら7:00・・・。

「チョー!(ベナン人の驚き方)」と言いたくなるほど、やってしまった感があった・・・。

でもこの日に移動しないとパラクーでタバスキのお祈りを見ることができない。
他の隊員から「パラクーでのイスラム教徒のお祈りの様子が結構すごかった。」という情報を聞いていたのだ。

ということで・・・
ポルトノボからタクシーを乗り継いでパラクーまで行くことに。

まずポルトノボから北の村ケトゥー。
タクシーの出発まで30分ほど待ったが、1時間半ほどで到着!
どうやら数ヶ月前に北の方の道が完成したらしく、「ベナンで一番きれい!?」と思ってしまうほど良い道だった。
ただ到着したとき、トランクに積んであった自分の荷物は変な液体がベッタリ・・・。
というのも、自分は気付かなかったが、途中で荷物を積むために止まったなと思っていたが、どうやらタバスキを祝うためにムトン(羊)をトランクに積み込んでいたらしい・・・。
謎の液体の正体はムトンのよだれか・・・。

そしてケトゥーでも西のボイコン行きのタクシーに乗る人が集まるのを待つ。
ここはタクシーの出発を待つところ。

ケトゥー.JPG

ただ運よくここでも30分ほど待ったら人が集まって出発することができた。
運が悪かったら何時間も待たないといけないらしい・・・。
ボイコンまでは1時間ちょっと。
つまりポルトノボからボイコンまでタクシーに乗っている時間は2時間半ということ。
ポルトノボから西に位置するコトヌーを経由すると4時間程度はかかるだろう。
ベナン隊員のみなさん、このルートはなかなか使えますよー!(ただ料金がコトヌー経由より高い。)

今度はボイコンで30分ほどタクシーの出発を待って北の町パラクーへ向けて出発。
人がぎゅうぎゅう詰め(ベナン(特に北部)ではタクシーの前の席に運転手を合わせて大人が4人乗ります!)で、屋根にもたくさんの荷物。
タクシーの中には北部にタバスキを祝うために行くイスラム教徒のおじさんも。
そしてこのおじさんがやってくれた・・・。

しばらく走っていると、何か運転手に現地語で言っている。
どうやら窓からお金が飛んで行ったらしい・・・。
すぐに車を止めて男は外に出て、飛んで行った5000フラン札(約1000円)を探す。
だがそんなものは見つかるわけもなく、15分ほど探してあきらめることに。

札を探す.JPG

おじさんショック・・・。

その後はいろいろな場所で止まりながら、パラクーへ。
結局ボイコンから5時間、やっと到着!
バスに乗れていたらもっと早く、安く、楽に来れたのに・・・。
まあこれもひとつの経験か。


翌日の朝、他の隊員と共にお祈りをするという広場へ。
ぞくぞくとイスラム教徒の人たちが集まってくる。

ムスリム女性.JPG

そして偉い人の登場と同時にお祈り開始。
イスラム教の人たちの真剣な祈り。
神聖で、こちらまでとても不思議な気分になる。

真剣な祈り.JPG

みんなで頭をつけて祈る姿はまるでカラフルなじゅうたん。
本当はみんな白のムスリムスーツを着るのだろうが、こういうところがベナンらしくて好き!

まるでじゅうたん.JPG

男性は前、女性は後ろの方でお祈りをしていた。

お祈りの後は子どもたちが回って、寄付金の回収。

寄付金を集める.JPG

こいつが今回の生贄。

今回の生贄.JPG

ムトンを絞めた人がそのナイフを高々と掲げる。

高々と掲げる.JPG

帰る時にはそのムトンの血を指でとって、おでこにつけて帰る人たちがたくさん。
地面に残った血をつける子どもたち。

血をつける.JPG

小さな子につけてあげるお姉ちゃん。

血をつけてあげる.JPG

昨年はポルトノボのモスクでイスラム教徒の友達と共に祈った。
今年はパラクーで客観的に見ることができ、どう表現したら良いのかわからないが、宗教の尊大さを感じた。
逆に宗教にあまりこだわらない日本人である自分が、異質な存在に感じた。


その後はパラクー観光。
ここは博物館。
バリバ族とプル族の家や衣装、狩りに使っていた道具などが展示してあって、なかなか興味深かった。

ミュゼ.JPG

パラクーには町の中にこんなに立派なバオバブの木がある。

立派なバオバブ.JPG

そして町の外れに向かって土道を行く。

土道.JPG

しばらく行くと、ここは日本でもおなじみベナン出身タレントであるゾマホン氏が、本を出版した際に稼ぐことができたお金で建設したという「たけし小学校」が。
看板にはしっかりと「たけし小学校」と書いてあり、コマネチをするたけしの絵が。
近くにいた子どもたちも集まってきて、みんなでコマネチ!

たけし小学校.JPG

教えていないのに「ダンカンこのやろー!」と真似をする女の子もいてびっくり!
平日ではなかったので生徒たちがたくさんいなかったのが残念であったが、日本にいるときから知っていた学校を訪れることができて大満足!

こうしてパラクーの旅を終えた。
お世話になった隊員のみなさん、ありがとうございました!
posted by 赤石 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 地方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月24日

本当に終わるのだろうか!?

これまでいくつかの活動を行ってきたが、現在力を入れて行っているのが、「ベナン人教師と協力しての身近な素材を用いた実験の指導書作成」と「科学クラブの運営」。
その他にDIPという教育省教育視学局というところにいるお偉いさんとの不定期の活動である。

実験指導書の作成、簡単なように思うかもしれないが、案外手間がかかる。
身近な素材といってもあるものが限られている。
しかも意識しているのが極力地方でも手に入る素材。
実験器具のない地方でも使えるようにと思って作っているのに、都市でしか手に入らないものを使っていては意味がないのである。
マルシェ(市場)で探して、試しに買ってみて、実験してみて、考えなおす。
そしてベナン人教師と話し合う。
まあ手間はかかるが楽しくやっている、が・・・。

自分と共に指導書を作っている先生「ムッシュA」、実はDIPのお偉いさんの息もかかっている。
そしてこのDIPのお偉いさんもJICAの支援を受けて何とかプロジェクトを広げようと必死なのである。
そうなった時、当然声がかかるのは同じ市で仕事をしているムッシュA。
頭の良いムッシュAは引き受けたら仕事があふれることが分かっているので本当は引き受けたくなさそうだが、お偉いさんからの指名で断ることができない。

こうなるとしわ寄せがくるのが自分である。
案の定今日、週1回しかとることのできていない、1週間やってきたことの話し合いと、今後の方向性の検討会が、その仕事のためにつぶれた・・・。

まあ実際にはとても良いことなのだが、3月の帰国までに指導書完成、印刷、配布、研修会をやりたいと思っている自分としてはめちゃくちゃ焦る。
このお偉いさんも3月までにJICAにレポートを出さないといけないので焦っている。

若干本当に終わるのか不安になってきた。

指導書写真.JPG
posted by 赤石 at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月22日

アミューズメント!?

ポルトノボで行われている「La fête de la bière(ビール祭り)」。
ここではビールが安く飲めるだけでなく(銘柄関係なく1本250フラン(約50円)、銘柄によってはかなりお得)、昼間アミューズメント!?とも言える施設が出現するのです!

あったのは、「キックターゲット!?」「クライミング!?」「ロデオマシン!?」など。
ビール券の半券10枚で挑戦することができ、結果によっては景品をもらうことができます。

これはキックターゲット。
入れることができた的の点数によって景品をもらうことができます。
1人3回蹴ることができたのに、自分の手前でいきなり1人2回に・・・。
景品が少なくなってきたことが原因らしいのですが、こういうときに一緒に文句を言ってくれるのがベナン人。
ただマッチョの係員に「ダメだ!」と言われたら、みんなしゅんとしてぶつぶつ独り言に変わります・・・(笑)。
結局的に入れることができませんでした。

キックターゲット.JPG

これはクライミング。
落ちずに上まで行って帰って来られればいいのですが、ビニル製で中に空気が入っているだけなので、登れば登るほど自分の方に傾いてきて難しそう。
これはやめました。

クライミング.JPG

これはロデオマシン!?
何と四方から係員が引っ張りまくる人力です(笑)。
案外すぐに振り落とされるベナン人たち。
キックターゲットが商品不足のために終了になってしまっていたので、不安ながらもこれに挑戦。

ロデオマシン.JPG

気合いを入れて挑戦した結果・・・
何と賞品ゲット!
見ていたベナン人がみんな喜んでたたえてくれました !
(こういう時、ベナン人っていいなぁって思います。)
商品は扇子。
あまりいいものではありませんが、そんなことはどうでもいいんです。

扇子ゲット.JPG

ただその代償として!?自分の両手の指先は大きなマメがたくさん。
ベナン人は皮が厚くてカサカサしているから、耐えられなかったのかな!?とも思いました。


そして夜になるにつれて客が増え、みんなビールに溺れます・・・。

ビールに溺れる.JPG

帰る頃の店の様子。
空きビンの数がすごいです・・・。

空きビンの数々.JPG

こうして「La fête de la bière(ビール祭り)」参加していたのですが、ベナン人の良さを本当に感じることができました。
祭りはみんなで楽しむもの。
だからお金がなくてもなけなしの金を出して知らない人だとしてもビールを一緒に飲んで楽しむ。
例えば日本だったら全く知らない人に「ビール1本ください!」って言われたら、「何だこいつは!?」って思いますよね?
でもそんな時にもおおらかにみんなで楽しむんです。

酔っぱらいに嫌なことを言われて嫌な思いもしますが、こんな良いところを見ると何だか自分がとても小さな人間だなーと思ってしまいます。
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2009年11月21日

ベナンの動物園

ポルトノボにあっていまだに行ったことのない場所があります。
そう、動物園です。
この動物園、日本の動物園と比べて本当にちんけなものらしいのですが、何とライオンに自分で餌を与えることができるということで、他の隊員と一緒に行ってきました!

まずはマルシェ(市場)で餌となるニワトリを買います。
一羽1500フラン(約300円)也。
足を縛ってビニル袋に入れて運びます。

生贄.JPG

これが動物園入り口。
案外しっかりとしています。

動物園.JPG

ただ中に入ってみると客はほとんどおらず、また動物も思った以上に少ない・・・。
鳥が一羽ずつ大きな檻に入れられていています・・・。
そしてワニ。
日本の動物園と違うのがそのサービス。
ガイドが中に入って、棒でつついて怒らせてくれます。
大丈夫だろうか・・・!?

ワニをいじる.JPG

そしてついにメインのライオン。
雄ライオンが頼りない檻の中に2頭。
ぐたーっと寝ていたのですが、ガイドが、「Allez ! Allez ! Plus fort !(行け!行け!もっと強く!)」と叫ぶと立ち上がり、やり気なさそうに吠えてくれます(笑)。

吠えるライオン.JPG

そして今日のメインはこのやる気のない、餌をあんまり与えてもらえずにガリガリになったライオンにニワトリをあげること。
再びぐったりしていたライオンは、ビニル袋から出されたニワトリを見て大興奮!

生贄を見て興奮.JPG

さんざんいじった後、いよいよニワトリを檻に投入する時。
ニワトリの足を縛ってあったひもをほどいて、投入後どうなるのか緊張感が高まります!

そしてガイドがニワトリを檻の上から入れようと投げ入れた瞬間、想像もしていなかったことが起こったのです!
何と危険を感じたニワトリ、完全に檻の中に入る軌道だったにもかかわらず、必死に羽ばたいて檻の外に着地し、林の中に逃げてしまったのです!

逃げたニワトリを探すガイド。

生贄脱走.JPG

林の中から聞こえる「どうだ!?」とも言わんばかりの「コケコッコー」という鳴き声。
結局ニワトリを捕まえることはできず、今回のミッションは失敗に終わってしまいました・・・。

ただこんなに必死なニワトリを見たのは生まれて初めてで、逆に良いものを見れた!?ような気がします(笑)。
ライオンの檻の中でのプチ狩りはまた次回のお楽しみ。

それにしてもこの動物園、本当にちんけ。
見ることができたのは、鳥数羽、ワニ2〜3頭、ライオン2頭、ハイエナ1頭、サル1匹、ウサギたくさんのみ・・・。
客の少なさからも経営が不安になります・・・。

他の隊員が前回行った時には、「餌代がかさむからライオン1頭100万フラン(約20万円)で譲ってやるよ!」と言われたらしい・・・。

次回行く時にもつぶれていないことを祈ります。
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2009年11月20日

いまだに続くストライキ

6月末から職場で行われているグレーブ(ストライキ)。
これがいまだに続いている・・・。
出勤は月・金のみで、平日は職場は閉まっている。
(月・金も働かないと、もっと給料の低い配属先に変えられてしまう可能性があるらしく、月・金は働いている)
原因はボーナスの未払いで、今後も支給が止まるらしい。(年4回が減る!?)
これを何とか改善してもらおうと長い間グレーブを行っているが、いっこうに動きがなかった。
ところが今日、ついに動きがあった!
何とグレーブをしていたということで、給料の一部をカットされてしまったのだ!
職場の上司の給料は月25万フラン(約5万円)。
これでもベナンの中では超高給取り。(ちなみに警備員は月3万フラン(約6000円))
ここから8万6000フランをカットされてしまったため、子供の養育費が足りないとなげいている・・・。

でも怒るのも無理はない。
というのも14ある省庁のうち、財務省以外はボーナスをカットされたりしているのに、財務省だけはがっぽりもらっているらしいのだ!(本当かどうかは分からない)

これからもグレーブを続けていくと言う上司。
給料までカットされてしまった今、変な暴動が起こらなければいいが・・・と思う今日この頃である。
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2009年11月18日

ハルマッタン&ビールの季節!?

両親が日本に帰ったと思ったら、ハルマッタンがやってきました!

ハルマッタンとは・・・
アフリカ西部、ギニア湾北岸からベルデ岬にかけての沿岸部に冬季に吹く北東の貿易風。乾熱風で、サハラ砂漠の風塵をともなう。
          〜百科事典マイペディアより〜

ということで、簡単にいえば日本の黄砂のサハラ砂漠版。
ベナンでは大体12月ごろから始まるのですが、今年はちょっと早めにやってきたようです。

ハルマッタン前

ハルマッタン前.JPG

ハルマッタン後

ハルマッタン後.JPG

両方とも天気の良い日の写真ですが、違いが分かりますか?
これからハルマッタンが強まると、もっとたくさんのサハラ砂漠の砂が運ばれて来ることになり、太陽を覆うようになるので、シャワーを浴びるのが辛くなるくらい朝晩が冷え込みます。


そしてハルマッタンと一緒にビールの季節!?がやってきました。
今日から日曜日まで5日間、「La fête de la bière(ビール祭り)」が10時から夜の12時までポルトノボのスタジアム横で行われています。
その様子はまた後日報告しますね。
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2009年11月16日

コトヌー観光、そして帰国へ

旅行最終日はコトヌー観光。
まずは隊員の配属されている漁港へ行き、同期のMさんに案内してもらう。

漁港.JPG

ここは漁港内の託児所。
昼寝の時間だったのに見慣れないヨボ(白人)が来たものだから大騒ぎ!
Kちゃん本当に申し訳なかった!

託児所.JPG

その後歩いてここも隊員の配属されている「HOMEL(ラギューン母子病院)」へ。
というのも何とここの先生と親父が知り合いになっていたのです!

話は数週間前にさかのぼります。
このHOMELの先生が日本に研修に行っており、その際和歌山県田辺市(実家)にある病院を訪れたらしいのです。
そのことが地元の紀伊民報という新聞に掲載されて、それを見た親父はベナン人が他人に思えずどうしてもあいさつがしたかったらしく、すぐにその病院へ駆けつけました。
しかし駆け付けたころにはすでに研修が終了しており、もう大阪へ戻る日。
何と今度は駅に駆けつけ、そこでやっとあいさつをすることができたらしいのです。(もちろん通訳さんを通してです)
それに感銘を受けたHOMELの先生はベナンに帰国してからJICA事務所で「日本で赤石さんという人にお世話になって、もうすぐベナンに来るらしいからお礼がしたい。」ということを伝え、電話番号を残していったのでした。
(親父の行動力に息子もびっくりです)

ただ会うことができたのは両親が帰国する今日。
家に招待をしたかったというこの先生はがっかり・・・。
そこで忙しいところ時間を作ってくれて、食事だけ一緒にしに行きました。
自分が通訳をしながら両親とベナン人の先生をつなぐ。
本当にちょっとしたことがきっかけで、こうやって人と人のつながりができるのが面白いなーとしみじみ思ってしまいました。


その後は西アフリカ最大のマルシェ(市場)、「ダントッパ市場」へ。
その人の多さとパワーに両親はびっくり!

ダントッパ1.JPG

ダントッパ2.JPG

そしてCPAというお土産センターに寄って、数少ないお土産の中から日本への品を選ぶのでした。


夜、いよいよ出発の時。
寂しいという気持ちはない。
(高校のころから父親は単身赴任、大学からはずっとひとり暮らしである。)
ただ、両親にそろってベナンに来てもらうことができたなんて、本当に幸せなことだと思った。

案外デリケートで、常に虫よけをふりまくり、タクシーの中でも排気ガスを気にしてタオルを鼻の周りに巻き、現地食には進んで手を出さない親父。
それでもベナンに来るにあたってフランス語を勉強して来て、難しいフランス語の数字を1〜100まで言えるようになっていた。(どうして10までじゃ満足しなかったんだろう・・・)
そしてやたらと人に年齢を聞いて、それを聞きとってしまう・・・。
「何で昼過ぎなのにボンソワールなんだ?ボンジュールじゃないのか?」とベナンフランス語の怪しいところにも気づいてしまった。
町中の子どもにも、謎の中国人のような日本語で話しかけてコミュニケーションをとってしまう。

そして意外にもアグレッシブなオカン。
現地食には積極的にトライし、「あんまりやなー」「これはおいしい!」と評価。
テンションの高いベナン人女性と共に、同じ様なテンションで頬をつけて抱き合ってあいさつをしている。
ずっと主婦で外に出る機会が少なかったからか、超羽を伸ばしている感が・・・。
実はめちゃめちゃ適応力があるのかも・・・。

そんな両親の知らない一面を見ることができたのも今回の旅のおかげ。
もしかしたら両親自身にとっても新たな一面の発見があったかもしれない。

今回両親を迎えるにあたって目標にしていた、「生活・活動する姿を見てもらって安心してもらう」「海外旅行を楽しんでもらう」「途上国について少しでも理解してもらう」ことは達成できたかな!?と思う。
そして自分なりに精一杯親孝行もすることができた。

そして、

「ありがとう!来て良かった!」

と言って帰って行った親の言葉が無性にうれしかった。
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2009年11月15日

日本文化紹介

今日はコトヌーの隊員連絡所の近くの中学校で日本文化紹介。
親に少しでも活動の様子を見てもらう機会を作ろうと思い、理科実験のブースも出させてもらった。
今回の内容は「空気砲」「紙ブーメランつくり」「静電気で感電体験」を時間で区切って、その他に体験コーナーとして「糸電話」「針金電話」「浮沈子」を置いた。

ブーメラン作り.JPG

親父は理科実験、オカンは折り紙の手伝いに役割分担されていたが、親父ついてはせっかくの機会なのでしばらくしてから他のブースを見に行ってもらった。

折り紙コーナーで手伝うオカン

折り紙.JPG

雑誌の写真を指さし、豆腐も分からない子どもに対して「湯豆腐!湯豆腐!」と連呼する親父・・・。

雑誌.JPG

その後はいつものように「自己紹介」「空手」「日本語」「国際理解」と続き、最後には「よさこいソーラン」でしめた。
(今回はたけし日本語学校(IFE)の人たちも来ていたため、その生徒たちの自己紹介もあった。)

夜は事務所でバーベキュー。
本当は生ビールのサーバーと注いでくれる人をお願いしていたらしいが、残念ながらドタキャンされた・・・。(まあここはベナン、仕方ないか・・・)

そして家族おそろいのボンバを着てあいさつ。

おそろいのボンバ.JPG

ちなみに生地は「la famille(家族)」という「にわとり」「ひよこ」「卵」がデザインされているもの。
(結構珍しい生地だったので、夜ホテルのカジノに様子を見に行ったときにもレバノン人商人に声をかけられた。)
もう3人で着ることなんてないと思うが(日本じゃさすがに着られないもんなー)、とても良い思い出になった。
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2009年11月14日

ガンビエへ

今日はウィダから水上集落「ガンビエ」へ。
ここは奴隷貿易が行われていた時代に逃げてきた人たちが作った集落だと言われている。

今回は天気がとてもよく、また夕方にかけての観光ということもあって、集落の景色がとてもきれいだった。

ガンビエの様子.JPG

いろいろな場所を訪問することができたが、前回行かなかったところとして伝統医療者の家がある。
まずはソダビ(パームヤシから作った地酒)で歓迎された。
この人は神のお告げによって薬草を調合することで、どんな病気でも(エイズでさえ)治すことができるらしい・・・。
また病院に行ったら医者が診察をして、「この人(伝統医療者)の所へ行くように」と言うらしい・・・。
参加者みんなで記念撮影。(真中にいるのが伝統医療者)

伝統医療者と.JPG


そして夜には隊員連絡所で他の隊員が食事や飲み物を準備していてくれ、一緒に食事をすることができた。
後から聞いたところによると昼過ぎから準備してくれていたらしい。
本当にどうもありがとう!

そしてここでも誕生日を祝ってアイスケーキの上のロウソクの火を消させてもらった。
重ね重ね皆さん本当にどうもありがとう!


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2009年11月13日

ウィダへ

今日は奴隷貿易の行われていた町「ウィダ」へ。
他の視察の旅の家族とも合流し、博物館を見学。
ここはポルトガル城跡で現在は歴史博物館として使われており、ウィダの歴史や奴隷貿易、また奴隷がブラジルやハイチなどに伝えたヴードゥー教について知ることができる。

その後「PLACE CHA CHA(チャチャ広場)」という奴隷競売場跡へ。

プラスチャチャ.JPG

そして奴隷の道を通り海岸にある「還らずの門」へ。

還らずの門.JPG

夜はホテルのレストランで豪華にイセエビを堪能。
海辺で波の音を聞きながら両親とゆっくり過ごした。
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2009年11月12日

三十路記念

今日は何と自分の誕生日。
三十路になる記念すべき誕生日を、アフリカ・ベナンで両親と共に迎えるなんてはっきり言って奇跡です!

今回の視察の旅では親たち以外にも元ポルトノボ隊員が添乗員として来たので、一緒に飼っていたムトン(羊)のユキちゃんを絞めて食べようということになっていたのですが、何とユキちゃんご懐妊!
食べることができなくなってしまいました。

どうしても両親に絞める現場を見てもらいたかった自分は違うムトンを用意し、みんなでバーベキューをすることにしたのです。
(イスラム教のお祭り「タバスキ」前だったため、高かった―!)

命をいただきます。

絞める.JPG

足を切って、空気を入れて膨らませる。
目の前のブツが若干気になる・・・。

ふくらます.JPG

果敢にも剃毛に挑戦するオカンとそれを見守る親父。

剃る.JPG

その後ベナン人の友達に肉を分解してもらい、我が家へ移動し開始!

今回のムトンも美味かった!
前回食べたときに「しっかり餌をやって世話していたから美味かったんだ」と言っていたが、あまり関係ないということが分かった・・・。
調理してくれた友達に感謝!

焼く.JPG

食べる.JPG

そしてサプライズでポルトノボ隊員が誕生日ケーキやプレゼントを用意してくれていた!
こんなに大勢の人に祝ってもらった誕生日なんてこれまであっただろうか?

ケーキ.JPG

どういうわけか、親父、オカンと共にケーキ入刀。

入刀.JPG

酔っ払って若干はっちゃける親父とオカン。

はっちゃっける.JPG

その後昨日招待してもらった友達の訪問があり、誕生日の夜が過ぎていきました。

本当に奇跡の1日。
日本にいたら平日に両親と誕生日を迎えることなんてないだろう。
日本にいたらこんなに大勢の人に祝ってもらえることなんてないだろう。
日本にいたら三十路記念にムトンなんて絞めないだろう(間違いなく)。

こんな素敵な日を迎えられたことに感謝です。
posted by 赤石 at 23:59| Comment(3) | TrackBack(0) | 視察の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月11日

市内観光&活動見学

午前中からポルトノボ観光へ。
やはりポルトノボ観光と言えば博物館見学は外せない。
道端でフランスパンのサンドイッチを食べて(これはいけた!)から、ストライキ中の職場を通過し、王宮博物館へ。

博物館では普段館内は写真撮影禁止なのだが、聞いてみると5000フラン(約1000円)でOKだという。
ふざけんなと思ったが、両親が写真撮影できるように交渉し、結局250フラン(約50円)で成立。

これは奴隷貿易が行われていた時代の大砲。
大砲1砲が男性15人、もしくは女性21人と交換された。

大砲.JPG

これは当時グリグリ(黒魔術)で使われた道具。

グリグリの道具.JPG

博物館の後はグランマルシェ(大きな市場)や鶏や食用の猫などが売っている市場を見て、トッファ像(ポルトノボの昔の王様)のあるバイヨール広場へ。

写真を撮って子どもたちに見せる親父。

囲まれる親父.JPG

そして昼食は、ぜひ両親に食べさせたかったイニャムピレ(ヤマイモをついたもの)。
が・・・。
太陽が照りつける中歩きまくった結果、疲れた両親は食欲全くなし。
結局食べずに帰宅して休憩・・・。


そして約1時間後、今度は活動を見てもらうために、実験教室を行いにリセビアンゼンへ。
今回も先週と同様ストロー笛。
子どもだましに見えるが、案外一生懸命作る。

ストロー笛作り.JPG

子どもたちにからんでいく親父とオカン。

からむ両親.JPG

そして終了後、親父の念願をかなえてあげることができた。
というのも、親父は戦後の「ギブミーチョコレート」の時代に育ったためが、ベナンでどうしても子どもたちに飴などを配りたかったようだ(笑)。
町を歩いていると、「拓也、飴やっていいか?」と聞かれるのだが、その度に「一度あげるともらえるものだと思われて、他の隊員たちにも迷惑がかかるからやめてくれ。」と言っていた。
しかし、実験教室に来た生徒たちに「今日はたまたま親が来ていて飴を持ってきてくれたからあげるよ。」と説明すれば大丈夫だろうということで、時間をとった。

キャラメルを1人1個ずつ配る親父とオカン。

キャラメル配り.JPG

そしてみんなで「いただきます!」
その時にうれしかったのが、同じ部屋にいたベナン人の先生2人が、自分が言う前に「ゴミはカバンやポケットに入れて持ち帰るように!」と実演してくれたこと。
一緒に活動している人は、本当によく理解してくれている。

集合写真.JPG


夜は友人宅へご飯を食べに。
パットルージュというベナンでは結構な御馳走を一緒に作って、いただいた。

混ぜるオカンと見守る親父。

パットルージュ作り.JPG

いただきます!(日本では手で食べることなんてないもんな)

手でいただきます.JPG

そして友達は親父とオカンにプレゼントまでくれて、2人にとって本当に良い思いをさせてもらった。
また、こういう親切なベナン人に支えられてベナンで生活しているということを両親に感じてもらうことができて良かった。
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2009年11月10日

任地へ

事務所でのあいさつを終え、タクシーで任地ポルトノボへ。
初めて見る昼間のベナンの様子に両親は興味津津な様子。
特に交通事情やバイクの多さにはびっくりしていた。

ポルトノボに到着後、少し休憩をしてから隣村のアジャラへ豚肉を食べに。
アジャラの豚肉はベナンでも有名。
両親の反応が気になる・・・。
が、いまいち・・・。
一緒に頼んだアカサ(トウモロコシの粉の上澄みを固めたもの)もいまいち・・・。
ピロン(キャッサバの粉と豚の煮汁を混ぜたもの)は母親としてはまあまあだったようだ。

そしてその後、楽器屋(アジャラは楽器も有名)等の見学をした後ピログ(小舟)に乗ってさらに隣村のアブランクーへ。

アジャラにて.JPG

ピログー.JPG

ピログー降りた後.JPG

ベナンの村の様子を見ながら同期隊員の家で休ませてもらいながら帰途についた。

夕飯は何としても行列のできるアタシ屋のアタシ(豆ご飯の辛いやつ)を一緒に食べに行きたかったのだが、豚肉でお腹いっぱいということで行けず、ちょっと味見をしてもらうために自分が持ち帰りで買ってきた。
食べた反応はと言うと・・・。

いまいち・・・。

どうやらベナン食の壁は思ったよりも高いようである・・・。
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2009年11月09日

上陸

ついに視察の旅一行がベナンのコトヌー空港に到着した!
つい1ヶ月半前に帰国したポルトノボ隊員が添乗員として、自分の両親を含めて5名の来ベ。

まだ荷物チェック等終わっていないのに、しきりに中から外をのぞいて手を振る母親。

チェック等終えて出てきた両親は1年半前別れた時より痩せ、若干旅行の疲れが見えた。
疲れたのは当然として痩せているのは心配したが、話しを聞くとすでに定年退職して何もしていない父親と母親は、毎日ランニングをしているらしい。
それを聞いて、両親が元気なことに安心した。

その後ホテルのバスで「Novotel Hotel」という高級ホテルへ。
しかしここはベナン。
夜10時近くになろうとしているのにもかかわらず、部屋の準備ができていない。
結局部屋の準備を待ちながらビールで乾杯!

こうして両親のベナンの旅が始まった。

ボナリベー.JPG
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両親ベナン上陸まで秒読み!

現在コトヌーの隊員連絡所。
というのも今夜、何と両親がベナンへ来るのです!

協力隊では「協力隊を育てる会」という団体が、「視察の旅」という隊員の親族や友人を対象に任国を訪問するツアーを企画しています。
もちろん自分たちでチケットをとって来ることができるのであればそれにこしたことなく、安い値段(20万円弱)で来ることができるのですが、旅慣れておらず語学面でも問題がある両親にとってはツアー以外で海外(ましてやアフリカ)に行くことなんて不可能で、いろいろ問題も起こる可能性があることを考えたら、高いお金(40万円強)を払ってでもこういったツアーで来てくれる方が息子としては安心です。

それにしても数時間後に両親がベナンの地を踏むということを考えると何だか不思議な気分です。

23歳の頃、両親に内緒で協力隊の試験を受けました。
内緒にしていたのは、間違いなく反対され、喧嘩になることが分かっていたからです。
でも当時から途上国に興味があり、大学院の研究でも途上国に対する国際教育協力を扱っていた自分としては、「合格が決まってから言って、どうしようもできない状態にしよう」と思っていたのです。
ただ実際に1次試験に合格し、いざ2次試験を受けようとするとき、「やっぱり親には事前に・・・」という思いが出てきて話をしたところ、予想通りの猛反対!
もちろん息子のことを心配してのことなのですが、それでも行きたい自分は、「教員経験を積んで、自分で独り立ちをして、現職で行くことができることになったら、快く送り出してほしい。」という風に一方的に約束をして、2次試験を辞退したのでした。
(親としてはその間に熱も冷めるだろうと思っていたようです。)

そしてその4年後。
教員経験を積んで、実際に現職で派遣されることが決定してから両親へ報告。
特に父親はそれでも文句ばかり言っていましたが、何とか送り出してくれることになったのです。

そんな猛反対だった親が2人そろってのベナン訪問。
こんなうれしいことはありません!

親不孝な息子が今できるのは、ベナンで生活する、活動する自分の姿を見てもらって、安心して自分の帰国を待ってもらうこと。
夫婦そろっての海外旅行を楽しんでもらうこと。
そして途上国に対してまだまだ偏見のある親に、少しでも理解してもらうことかなと思っています。

とにかく来週の月曜日の出発まで、精一杯親孝行をしたいと思います!
posted by 赤石 at 23:59| Comment(5) | TrackBack(0) | 視察の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月05日

天秤にかけた結果・・・

先々週から始めた今年度のゴミ拾い活動。
第1回はしっかりと活動できたものの、第2回である先週は生徒指導いわく、「日中にちょっと雨が降った。」ということで中止。
第3回である今回、生徒指導は現れもしなかった。
結局自分1人で始めたのだが、生徒指導がいなければやはり生徒たちもゴミなんて拾おうとしない。
外国人である自分が声をかけて行っているので集まっては来るが、それはただの外国人に対する興味からであって、実際に活動する生徒は本当に少ない。
自分を知らない生徒からの「チンチョン!」という声。
マジでむかつく。
そして残念ながら前回活動した場所にもすでにびっくりするくらいのゴミが落ちている。

活動終了後、活動してくれた生徒たちに聞いてみた。
自分「何でベナン人はゴミをそこら中に捨てるの?」
生徒たち「だってそうなんだもん。」
自分「お父さんやお母さんも捨てるの?」
生徒たち「うん。」
自分「じゃあこうやってゴミを拾っていてもまた捨てる?」
生徒たち「うん、たぶん・・・。」

結局文化の違いなのである。
ベナン人は決して汚いのが好きなわけではなく、むしろきれい好きである。
毎朝家の周りや店の前はほうきで掃くし、その音で目を覚ますことすらあるくらい。
学校でも登校したら当番の生徒が教室のゴミを掃き出してきれいにする。
ただみんながポイ捨てしたゴミがすべて掃除されるのならいいのだが、結局そういうわけにはいかず、掃除されない場所にはどんどんゴミが溜まっていく。
その結果学校の隅(学校によっては一帯)にゴミが散乱し、教育環境が悪くなっていく。
大通りはNGOなどが活動してきれいになっているが、小さな道には驚くほどのゴミが溜まっていく。
ベナン人の多くも、頭の中では分かっている。
ただ行動が伴わない。
そしてその大人たちを見て育った子どもたちは、もちろん大人の真似をする。

確かに昔はそれで良かったのだろう。
食べたものを周りにポイ捨てして、それを家畜が食べ、食べかすは作物の肥料となる。
ただ便利なビニル製品だけが入ってきて、それに関する知識は伴わなかった。
だから昔と同じようにそこら中にポイ捨てをして、現在環境問題となっている。

この活動をするにあたって生徒指導と話をして、自分の帰国後も活動を継続していけるように計画した。
ただはっきり言って今のままでは継続していけるとは思わないし、生徒指導自身も本当にこの活動が必要だと思っているのかどうか分からない。
「分かった。こうしていこう。」という話はしてくれたが、外国人ボランティアの手前とりあえず始めたという印象がぬぐえない。
結局こういった活動は現地の人が本当に危機感を感じて「変えよう!」という意識を持って、さらに他の教師も巻き込んで学校レベルで活動していかないと意味がないのだ。

残った活動期間でそれに対してできる限り一生懸命取り組むこともできるのかもしれない。
ただ「それに対する労力と残された期間、そしてその後に期待できる成果」と、本来自分に求められている「理数科教育向上に関する活動のまとめ」を天秤にかけた結果、このゴミ拾いに関する活動から手を引こうと思った。

「意味のないことはない。」
確かにそう思う。
だからこんな状態でも継続していくことが大切なのかもしれない。
だが結局は環境。
国レベルでポイ捨てをしている国で、それに対してほとんどの人が何も抵抗を感じない国で、日本の感覚とは全く違った国で日本人である自分が片手間で活動しても、残念ながら意味は限りなくゼロに近く感じてしまった。

残念ながらそれが今のところの結論です。
posted by 赤石 at 23:59| Comment(3) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月04日

科学クラブ始動!

ついに今日から科学クラブの活動がスタートした。
第1回である今日はクリップモーターを作ってみようという風に話をしていたのだが、前日に材料が準備できないということで、急きょストロー笛に変更。

15:00開始。
今日は中学2年生の番。
その時点では20人くらい。
これくらいで済んでくれれば良かった・・・。
どんどん遅刻の生徒たちが来て、最終的には60人くらいに。
たくさんの生徒たちと一緒に活動できるのはいいのだが、いかんせんこの学校はおそらく日本で言う「教育困難校」の男子校。
昨年自分1人で担当していた時は25人程度であったが、それでも苦労した。
今回はベナン人の先生も一緒とはいえ、正直辛かった・・・。

生徒たち全員に説明。

ストロー笛説明.JPG

まず、話しを静かに聞くことができない。
立ち歩く。
ちょっとしたことで寄ってきて、「相手にして攻撃」。
先生が話をしているときに笛を吹きまくって、吹くなと言っても聞けない。(鳴りものは禁物か!?)
そして文化の違いか、日本の生徒たちのように心がすんなりと通じない。
一生懸命やりたくて他に注意してくれる生徒もいるのだが・・・。

そして先生も。
自分は日本のように、全員静かにさせて話を聞ける状態にしてから話したい。
そうじゃないと後からもう一度同じことを聞かれることになるから。
でもベナン人の先生は全員が聞いていなくても、前の方の生徒たちが聞いていたら、話しをどんどん進めていってしまう。
この先生は体罰をしない。
ただそれに代わる策も残念ながら講じない。
普段高校の高学年の授業ばかりしているからだろうか!?

ただそんな感じではあったが、がやがやしながらも一生懸命作っている生徒たちの姿。

ストロー笛製作.JPG

日本の授業のように落ち着いた雰囲気というのは作ることができないが、生徒たちにとってこれまでにない新たな経験になっているのは間違いないようだ。
ただこの学級崩壊のような雰囲気で進めるのはどうも納得がいかない。
そういった面まで変えることができるといいのだが・・・。
まあ自分が帰国した後にこのベナン人の先生が活動を続けていけるような状況を一緒に作ることができるといいかなと思う。

来週は中学3年生対象に同じことを実施。
今回の経験をふまえて先生と話し合わなければ!

posted by 赤石 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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