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2009年11月16日

コトヌー観光、そして帰国へ

旅行最終日はコトヌー観光。
まずは隊員の配属されている漁港へ行き、同期のMさんに案内してもらう。

漁港.JPG

ここは漁港内の託児所。
昼寝の時間だったのに見慣れないヨボ(白人)が来たものだから大騒ぎ!
Kちゃん本当に申し訳なかった!

託児所.JPG

その後歩いてここも隊員の配属されている「HOMEL(ラギューン母子病院)」へ。
というのも何とここの先生と親父が知り合いになっていたのです!

話は数週間前にさかのぼります。
このHOMELの先生が日本に研修に行っており、その際和歌山県田辺市(実家)にある病院を訪れたらしいのです。
そのことが地元の紀伊民報という新聞に掲載されて、それを見た親父はベナン人が他人に思えずどうしてもあいさつがしたかったらしく、すぐにその病院へ駆けつけました。
しかし駆け付けたころにはすでに研修が終了しており、もう大阪へ戻る日。
何と今度は駅に駆けつけ、そこでやっとあいさつをすることができたらしいのです。(もちろん通訳さんを通してです)
それに感銘を受けたHOMELの先生はベナンに帰国してからJICA事務所で「日本で赤石さんという人にお世話になって、もうすぐベナンに来るらしいからお礼がしたい。」ということを伝え、電話番号を残していったのでした。
(親父の行動力に息子もびっくりです)

ただ会うことができたのは両親が帰国する今日。
家に招待をしたかったというこの先生はがっかり・・・。
そこで忙しいところ時間を作ってくれて、食事だけ一緒にしに行きました。
自分が通訳をしながら両親とベナン人の先生をつなぐ。
本当にちょっとしたことがきっかけで、こうやって人と人のつながりができるのが面白いなーとしみじみ思ってしまいました。


その後は西アフリカ最大のマルシェ(市場)、「ダントッパ市場」へ。
その人の多さとパワーに両親はびっくり!

ダントッパ1.JPG

ダントッパ2.JPG

そしてCPAというお土産センターに寄って、数少ないお土産の中から日本への品を選ぶのでした。


夜、いよいよ出発の時。
寂しいという気持ちはない。
(高校のころから父親は単身赴任、大学からはずっとひとり暮らしである。)
ただ、両親にそろってベナンに来てもらうことができたなんて、本当に幸せなことだと思った。

案外デリケートで、常に虫よけをふりまくり、タクシーの中でも排気ガスを気にしてタオルを鼻の周りに巻き、現地食には進んで手を出さない親父。
それでもベナンに来るにあたってフランス語を勉強して来て、難しいフランス語の数字を1〜100まで言えるようになっていた。(どうして10までじゃ満足しなかったんだろう・・・)
そしてやたらと人に年齢を聞いて、それを聞きとってしまう・・・。
「何で昼過ぎなのにボンソワールなんだ?ボンジュールじゃないのか?」とベナンフランス語の怪しいところにも気づいてしまった。
町中の子どもにも、謎の中国人のような日本語で話しかけてコミュニケーションをとってしまう。

そして意外にもアグレッシブなオカン。
現地食には積極的にトライし、「あんまりやなー」「これはおいしい!」と評価。
テンションの高いベナン人女性と共に、同じ様なテンションで頬をつけて抱き合ってあいさつをしている。
ずっと主婦で外に出る機会が少なかったからか、超羽を伸ばしている感が・・・。
実はめちゃめちゃ適応力があるのかも・・・。

そんな両親の知らない一面を見ることができたのも今回の旅のおかげ。
もしかしたら両親自身にとっても新たな一面の発見があったかもしれない。

今回両親を迎えるにあたって目標にしていた、「生活・活動する姿を見てもらって安心してもらう」「海外旅行を楽しんでもらう」「途上国について少しでも理解してもらう」ことは達成できたかな!?と思う。
そして自分なりに精一杯親孝行もすることができた。

そして、

「ありがとう!来て良かった!」

と言って帰って行った親の言葉が無性にうれしかった。
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2009年11月15日

日本文化紹介

今日はコトヌーの隊員連絡所の近くの中学校で日本文化紹介。
親に少しでも活動の様子を見てもらう機会を作ろうと思い、理科実験のブースも出させてもらった。
今回の内容は「空気砲」「紙ブーメランつくり」「静電気で感電体験」を時間で区切って、その他に体験コーナーとして「糸電話」「針金電話」「浮沈子」を置いた。

ブーメラン作り.JPG

親父は理科実験、オカンは折り紙の手伝いに役割分担されていたが、親父ついてはせっかくの機会なのでしばらくしてから他のブースを見に行ってもらった。

折り紙コーナーで手伝うオカン

折り紙.JPG

雑誌の写真を指さし、豆腐も分からない子どもに対して「湯豆腐!湯豆腐!」と連呼する親父・・・。

雑誌.JPG

その後はいつものように「自己紹介」「空手」「日本語」「国際理解」と続き、最後には「よさこいソーラン」でしめた。
(今回はたけし日本語学校(IFE)の人たちも来ていたため、その生徒たちの自己紹介もあった。)

夜は事務所でバーベキュー。
本当は生ビールのサーバーと注いでくれる人をお願いしていたらしいが、残念ながらドタキャンされた・・・。(まあここはベナン、仕方ないか・・・)

そして家族おそろいのボンバを着てあいさつ。

おそろいのボンバ.JPG

ちなみに生地は「la famille(家族)」という「にわとり」「ひよこ」「卵」がデザインされているもの。
(結構珍しい生地だったので、夜ホテルのカジノに様子を見に行ったときにもレバノン人商人に声をかけられた。)
もう3人で着ることなんてないと思うが(日本じゃさすがに着られないもんなー)、とても良い思い出になった。
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2009年11月14日

ガンビエへ

今日はウィダから水上集落「ガンビエ」へ。
ここは奴隷貿易が行われていた時代に逃げてきた人たちが作った集落だと言われている。

今回は天気がとてもよく、また夕方にかけての観光ということもあって、集落の景色がとてもきれいだった。

ガンビエの様子.JPG

いろいろな場所を訪問することができたが、前回行かなかったところとして伝統医療者の家がある。
まずはソダビ(パームヤシから作った地酒)で歓迎された。
この人は神のお告げによって薬草を調合することで、どんな病気でも(エイズでさえ)治すことができるらしい・・・。
また病院に行ったら医者が診察をして、「この人(伝統医療者)の所へ行くように」と言うらしい・・・。
参加者みんなで記念撮影。(真中にいるのが伝統医療者)

伝統医療者と.JPG


そして夜には隊員連絡所で他の隊員が食事や飲み物を準備していてくれ、一緒に食事をすることができた。
後から聞いたところによると昼過ぎから準備してくれていたらしい。
本当にどうもありがとう!

そしてここでも誕生日を祝ってアイスケーキの上のロウソクの火を消させてもらった。
重ね重ね皆さん本当にどうもありがとう!


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2009年11月13日

ウィダへ

今日は奴隷貿易の行われていた町「ウィダ」へ。
他の視察の旅の家族とも合流し、博物館を見学。
ここはポルトガル城跡で現在は歴史博物館として使われており、ウィダの歴史や奴隷貿易、また奴隷がブラジルやハイチなどに伝えたヴードゥー教について知ることができる。

その後「PLACE CHA CHA(チャチャ広場)」という奴隷競売場跡へ。

プラスチャチャ.JPG

そして奴隷の道を通り海岸にある「還らずの門」へ。

還らずの門.JPG

夜はホテルのレストランで豪華にイセエビを堪能。
海辺で波の音を聞きながら両親とゆっくり過ごした。
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2009年11月12日

三十路記念

今日は何と自分の誕生日。
三十路になる記念すべき誕生日を、アフリカ・ベナンで両親と共に迎えるなんてはっきり言って奇跡です!

今回の視察の旅では親たち以外にも元ポルトノボ隊員が添乗員として来たので、一緒に飼っていたムトン(羊)のユキちゃんを絞めて食べようということになっていたのですが、何とユキちゃんご懐妊!
食べることができなくなってしまいました。

どうしても両親に絞める現場を見てもらいたかった自分は違うムトンを用意し、みんなでバーベキューをすることにしたのです。
(イスラム教のお祭り「タバスキ」前だったため、高かった―!)

命をいただきます。

絞める.JPG

足を切って、空気を入れて膨らませる。
目の前のブツが若干気になる・・・。

ふくらます.JPG

果敢にも剃毛に挑戦するオカンとそれを見守る親父。

剃る.JPG

その後ベナン人の友達に肉を分解してもらい、我が家へ移動し開始!

今回のムトンも美味かった!
前回食べたときに「しっかり餌をやって世話していたから美味かったんだ」と言っていたが、あまり関係ないということが分かった・・・。
調理してくれた友達に感謝!

焼く.JPG

食べる.JPG

そしてサプライズでポルトノボ隊員が誕生日ケーキやプレゼントを用意してくれていた!
こんなに大勢の人に祝ってもらった誕生日なんてこれまであっただろうか?

ケーキ.JPG

どういうわけか、親父、オカンと共にケーキ入刀。

入刀.JPG

酔っ払って若干はっちゃける親父とオカン。

はっちゃっける.JPG

その後昨日招待してもらった友達の訪問があり、誕生日の夜が過ぎていきました。

本当に奇跡の1日。
日本にいたら平日に両親と誕生日を迎えることなんてないだろう。
日本にいたらこんなに大勢の人に祝ってもらえることなんてないだろう。
日本にいたら三十路記念にムトンなんて絞めないだろう(間違いなく)。

こんな素敵な日を迎えられたことに感謝です。
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2009年11月11日

市内観光&活動見学

午前中からポルトノボ観光へ。
やはりポルトノボ観光と言えば博物館見学は外せない。
道端でフランスパンのサンドイッチを食べて(これはいけた!)から、ストライキ中の職場を通過し、王宮博物館へ。

博物館では普段館内は写真撮影禁止なのだが、聞いてみると5000フラン(約1000円)でOKだという。
ふざけんなと思ったが、両親が写真撮影できるように交渉し、結局250フラン(約50円)で成立。

これは奴隷貿易が行われていた時代の大砲。
大砲1砲が男性15人、もしくは女性21人と交換された。

大砲.JPG

これは当時グリグリ(黒魔術)で使われた道具。

グリグリの道具.JPG

博物館の後はグランマルシェ(大きな市場)や鶏や食用の猫などが売っている市場を見て、トッファ像(ポルトノボの昔の王様)のあるバイヨール広場へ。

写真を撮って子どもたちに見せる親父。

囲まれる親父.JPG

そして昼食は、ぜひ両親に食べさせたかったイニャムピレ(ヤマイモをついたもの)。
が・・・。
太陽が照りつける中歩きまくった結果、疲れた両親は食欲全くなし。
結局食べずに帰宅して休憩・・・。


そして約1時間後、今度は活動を見てもらうために、実験教室を行いにリセビアンゼンへ。
今回も先週と同様ストロー笛。
子どもだましに見えるが、案外一生懸命作る。

ストロー笛作り.JPG

子どもたちにからんでいく親父とオカン。

からむ両親.JPG

そして終了後、親父の念願をかなえてあげることができた。
というのも、親父は戦後の「ギブミーチョコレート」の時代に育ったためが、ベナンでどうしても子どもたちに飴などを配りたかったようだ(笑)。
町を歩いていると、「拓也、飴やっていいか?」と聞かれるのだが、その度に「一度あげるともらえるものだと思われて、他の隊員たちにも迷惑がかかるからやめてくれ。」と言っていた。
しかし、実験教室に来た生徒たちに「今日はたまたま親が来ていて飴を持ってきてくれたからあげるよ。」と説明すれば大丈夫だろうということで、時間をとった。

キャラメルを1人1個ずつ配る親父とオカン。

キャラメル配り.JPG

そしてみんなで「いただきます!」
その時にうれしかったのが、同じ部屋にいたベナン人の先生2人が、自分が言う前に「ゴミはカバンやポケットに入れて持ち帰るように!」と実演してくれたこと。
一緒に活動している人は、本当によく理解してくれている。

集合写真.JPG


夜は友人宅へご飯を食べに。
パットルージュというベナンでは結構な御馳走を一緒に作って、いただいた。

混ぜるオカンと見守る親父。

パットルージュ作り.JPG

いただきます!(日本では手で食べることなんてないもんな)

手でいただきます.JPG

そして友達は親父とオカンにプレゼントまでくれて、2人にとって本当に良い思いをさせてもらった。
また、こういう親切なベナン人に支えられてベナンで生活しているということを両親に感じてもらうことができて良かった。
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2009年11月10日

任地へ

事務所でのあいさつを終え、タクシーで任地ポルトノボへ。
初めて見る昼間のベナンの様子に両親は興味津津な様子。
特に交通事情やバイクの多さにはびっくりしていた。

ポルトノボに到着後、少し休憩をしてから隣村のアジャラへ豚肉を食べに。
アジャラの豚肉はベナンでも有名。
両親の反応が気になる・・・。
が、いまいち・・・。
一緒に頼んだアカサ(トウモロコシの粉の上澄みを固めたもの)もいまいち・・・。
ピロン(キャッサバの粉と豚の煮汁を混ぜたもの)は母親としてはまあまあだったようだ。

そしてその後、楽器屋(アジャラは楽器も有名)等の見学をした後ピログ(小舟)に乗ってさらに隣村のアブランクーへ。

アジャラにて.JPG

ピログー.JPG

ピログー降りた後.JPG

ベナンの村の様子を見ながら同期隊員の家で休ませてもらいながら帰途についた。

夕飯は何としても行列のできるアタシ屋のアタシ(豆ご飯の辛いやつ)を一緒に食べに行きたかったのだが、豚肉でお腹いっぱいということで行けず、ちょっと味見をしてもらうために自分が持ち帰りで買ってきた。
食べた反応はと言うと・・・。

いまいち・・・。

どうやらベナン食の壁は思ったよりも高いようである・・・。
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2009年11月09日

上陸

ついに視察の旅一行がベナンのコトヌー空港に到着した!
つい1ヶ月半前に帰国したポルトノボ隊員が添乗員として、自分の両親を含めて5名の来ベ。

まだ荷物チェック等終わっていないのに、しきりに中から外をのぞいて手を振る母親。

チェック等終えて出てきた両親は1年半前別れた時より痩せ、若干旅行の疲れが見えた。
疲れたのは当然として痩せているのは心配したが、話しを聞くとすでに定年退職して何もしていない父親と母親は、毎日ランニングをしているらしい。
それを聞いて、両親が元気なことに安心した。

その後ホテルのバスで「Novotel Hotel」という高級ホテルへ。
しかしここはベナン。
夜10時近くになろうとしているのにもかかわらず、部屋の準備ができていない。
結局部屋の準備を待ちながらビールで乾杯!

こうして両親のベナンの旅が始まった。

ボナリベー.JPG
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両親ベナン上陸まで秒読み!

現在コトヌーの隊員連絡所。
というのも今夜、何と両親がベナンへ来るのです!

協力隊では「協力隊を育てる会」という団体が、「視察の旅」という隊員の親族や友人を対象に任国を訪問するツアーを企画しています。
もちろん自分たちでチケットをとって来ることができるのであればそれにこしたことなく、安い値段(20万円弱)で来ることができるのですが、旅慣れておらず語学面でも問題がある両親にとってはツアー以外で海外(ましてやアフリカ)に行くことなんて不可能で、いろいろ問題も起こる可能性があることを考えたら、高いお金(40万円強)を払ってでもこういったツアーで来てくれる方が息子としては安心です。

それにしても数時間後に両親がベナンの地を踏むということを考えると何だか不思議な気分です。

23歳の頃、両親に内緒で協力隊の試験を受けました。
内緒にしていたのは、間違いなく反対され、喧嘩になることが分かっていたからです。
でも当時から途上国に興味があり、大学院の研究でも途上国に対する国際教育協力を扱っていた自分としては、「合格が決まってから言って、どうしようもできない状態にしよう」と思っていたのです。
ただ実際に1次試験に合格し、いざ2次試験を受けようとするとき、「やっぱり親には事前に・・・」という思いが出てきて話をしたところ、予想通りの猛反対!
もちろん息子のことを心配してのことなのですが、それでも行きたい自分は、「教員経験を積んで、自分で独り立ちをして、現職で行くことができることになったら、快く送り出してほしい。」という風に一方的に約束をして、2次試験を辞退したのでした。
(親としてはその間に熱も冷めるだろうと思っていたようです。)

そしてその4年後。
教員経験を積んで、実際に現職で派遣されることが決定してから両親へ報告。
特に父親はそれでも文句ばかり言っていましたが、何とか送り出してくれることになったのです。

そんな猛反対だった親が2人そろってのベナン訪問。
こんなうれしいことはありません!

親不孝な息子が今できるのは、ベナンで生活する、活動する自分の姿を見てもらって、安心して自分の帰国を待ってもらうこと。
夫婦そろっての海外旅行を楽しんでもらうこと。
そして途上国に対してまだまだ偏見のある親に、少しでも理解してもらうことかなと思っています。

とにかく来週の月曜日の出発まで、精一杯親孝行をしたいと思います!
posted by 赤石 at 23:59| Comment(5) | TrackBack(0) | 視察の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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