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2010年01月06日

VIP待遇

ベナンでのサッカー観戦はワールドカップ予選で最後かと思っていたが、10日からアンゴラで行われるアフリカカップの最終テストマッチ「ベナンVSリビア」がコトヌーで行われたので観に行ってきた。
しかも今回は夜7時キックオフのナイトゲーム。
停電しないのだろうか・・・!?

会場に入ってみると煌々と光るライト。
それだけで若干感動。

ピッチ.JPG


そして今回も他の隊員と共に行ったのだが、他の隊員のコネで何と招待席で観戦することができた。
サッカー協会の会長たちが座る席の後方で、テレビ局のカメラマンたちの前。

カメラマン.JPG

これはベナン代表をピッチで応援するマスコットボーイ?のような感じの人たち。
白い粉を塗っている人は、明らかにブードゥーの匂いが・・・。

応援団.JPG

試合はというと前半中盤で狙ったのか、偶然なのかよく分からないような形で先制。

そして今回はここからがすごかった。

隣に座っているベナン人と話していたら、その人の妹の旦那さんが、サッカー協会の会長か副会長。
そしてその本人もベナン代表のサポーター軍団の副長だった。
副長といっても長は今アメリカにいるらしいので実質は長。
その人が自分の持ってきていた一眼レフカメラに目を付けた。

「ハーフタイムにピッチに降りて、サポーターの写真を撮りに行こう!」

ということで、実際に降りて行くことができた!
ピッチには招待席からは簡単に行くことができ、止められることもなくピッチへ。

まずは希望通りサポーター軍団を撮影。
カレンダーを作りたいらしいが、こんな写真でいいのだろうか・・・。

サポーター.JPG

上から見ていた人たちもこんなに近くに。

旗のおじさん.JPG

セセニョン?.JPG

もちろんコートも選手目線で。

ハーフタイム.JPG

そして何と後半が始まっているにもかかわらず、「ベンチを撮影しに行こう!」ということで、堂々とベンチ前を横切って撮影。

ベンチ前.JPG

日本ではありえないことである。

結局後半は0−0で、停電することなく試合が終了し、ベナンが1−0で勝利した。

そしてもしかしたらと思っていたが、やっぱりサポーター軍団副長が言い出した。
「下に降りて、みんなで控室に行こう!」

そりゃすごいことなんだけど、試合終了後の控室に入って行くなんて何てKYな!と思いながらもついて行った。

控室前にはどこから入ってきたのか子どもたちが控室の中をのぞき見ている。

控室をのぞく.JPG

そして少し待って、副長の勢いで控室の中に。
想像はしていたが、予想通りの超気まずい雰囲気。
せまい控室の中にいる選手たち、監督、インタビューしているテレビ局1局の他に、副長と隊員5人が・・・。
気まずくて写真なんて撮られる雰囲気じゃなかった。

でも自分のことをカメラマンとして見ている副長は空気なんて関係なく、「写真を撮ってくれ!」と言ってくる。
副長と一緒にサベという町で農業関係の会社をやっているというサイドバックのボコ選手。

ボコ.JPG

他の自分が撮りたかった有名選手は、さすがに気まずくて撮れなかった。

でも副長の勢いに便乗してフランス人のミシェル監督と写真を撮ってもらった。
左は副長。

ミシェル監督と.JPG

とまあこんな感じでVIP観戦は終了した。

恐るべし、権力の過剰行使。

人気のないピッチ.JPG

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2010年01月04日

自己嫌悪

今日は19年度3次隊の先輩隊員が任期を終えて帰国するので見送りにコトヌーに。
そしてそのついでに7、8月にお世話になっていたホームステイ先に行ってきた。
本当に久しぶりの再会。
パパは自分のために伝統衣装「ボンバ」を作ってくれていた。
「俺と息子と同じ布、同じモデルだ!」と言われ、うれしくなった自分はすぐに着替えて披露。
喜んでくれていたようでよかった!
この日はそのボンバで過ごすことに。

それにしても久しぶりに来るといろいろ変っている。
部屋の内装も変わっていたし、お手伝いさんもいなくなっていた。
「タクヤ!タクヤ!」と呼ぶようにしつけたオウムも死んでしまっていた・・・。
やっぱりちょくちょく顔を出さないといけないな。


そして話をしていると衝撃の一言。
パパ「何で俺の結婚式に来てくれなかったんだ?」
(えぇ!?そんなこと初耳だし!)

そう言いながらパパは寝室にアルバムを取りに行って見せてくれた。

話を聞いていると10月31日に何と結婚式を挙げたらしい。
しかもその日はパパの70歳の誕生日だったらしい。
奥さんとの結婚式は市役所での届けくらいで、教会で挙げるのは今回が初めてだったらしい。

自分の手帳を見返してみると、10月31日のところに「パパフェット(お祝い)?」の文字。
そういえばだいぶ前に「10月31日はフェットをするから!」と言われてメモしていたのだが、いくら日が近づいても何の連絡もないので、やらないか、誘ってくれなかったと思ったのだ。

何で自分からその日が近づいたときに電話しなかったんだろう?
何だか70歳になっても素敵に純白のタキシードを着こなしているパパの写真を見て、そんな素敵な場に同席できなくて、本当に自己嫌悪に陥った。

それにしても結婚式なら結婚式だってパパも言ってくれれば良かったのに。
驚かせたかったのだろうか?それとも照れていたのだろうか?

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2010年01月03日

目指せ!初?日の出

元旦、2日に寝坊をして日の出を見ることができなかったので、今朝トライしてみることに。
こんな事を書いていると毎年のように日の出を見ているようだが、実はかなり久しぶり。
いつ以来かなと思いだしてみると、なんと9年ぶり。
あの時は21世紀初日の出を見たっけ。
めちゃくちゃ懐かしい。

日の出に遅れてはいけないと駆け足気味でポルトノボの入り口の橋に行くと、いつもとは違った人気のない光景。

人気のない橋.JPG

その後橋からラグーンに向けてカメラを構えるが、なかなか上がらない。
若干空は赤く染まっているのだが・・・。

若干赤く染まる.JPG

30分待っても上がらない・・・。
そう、若干雲が多く、日の出が見られなかったのです・・・。

ただ、いつも見ない朝の風景も楽しかったです。

早朝から霧のかかる中、船で木を運ぶ船。

霧の中で.JPG

橋の隣の国会議事堂建設現場の隣にあった完成図。
現在は町中にあるのだがそれを移動させようとして建設が1年ほど前から始まっている。
本当にこんな立派な建物ができるのだろうか。

国会議事堂完成図.JPG

ポルトノボに入ったところにある独立記念日までのカウントダウン。
あと210日でベナン建国50周年。
自分はいることができないが、きっと盛大に行われるんだろうな。

カウントダウン.JPG

帰り道で見かけた道端のゴミをむさぼる豚たち。
この豚を食べて、「うめぇー!」と口走っている自分を想像すると情けない・・・。

ゴミをむさぼる豚.JPG

国立大学体育学部前の道。
朝早くからみんな運動をしている。

スポルティフ.JPG

ブロックを頭に器用に乗せて運ぶ女の子。
よくバランスが取れるし、頭痛くないのかな!?

ブロックを運ぶ.JPG


とこんな感じのさわやかな年始の朝です。

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2010年01月01日

あけましておめでとうございます

元旦の今日は普段からよくしてくれている先生とあいさつまわり。

13:00に先生の家に集合し、そこでまず食事。

その後親戚の家でムトン(羊)と豚を絞めて食べるということで行ってみたが、なぜか誰もいない・・・。
先生と二人で「こんな奇妙なこともあるんだねー」と話しながら次の場所へ。

次の場所はバイヨール広場という場所の前の家。
そして行って知ったのだが、ここは何とダ・シルバさんの豪邸!
ポルトノボにはダ・シルバ博物館という昔の金持ちのコレクションのようなものを展示している博物館があるのだが、今日訪れたのはその遺産相続者。

門の頑丈具合から違ったが、中に入ってみるとびっくり。
本当に豪邸なのである。

豪邸.JPG

この中に本物の鳥が2羽います。
さて、どこにいるでしょう?

どこにいる?.JPG

そしてしばらく外に出してあった椅子に座ってダ・シルバさんとあいさつをしたりした後部屋の中へ。
そしたら本当にびっくり。
ベナンにこんな部屋あったのか!?ってくらい。

マジ金持ち.JPG

日本の教室8部屋分くらいの部屋に、すでにエアコンがかかっており、数々の骨董品がずらり。
前にはスクリーンとプロジェクターが常備されていて、右上のほうには全身のワニ革が展示してある。
豪華なオーディオセットからは70年代の音楽が流れる。
カメラの後ろにもまだまだソファーセットが。

そして食事の時間にはビュッフェ形式(ちなみにベナン食がメイン)で、ダ・シルバさんだけが皿の大きさがでかい!
自分たちは水だが、ダ・シルバさんだけがジュース!

何だかある意味ベナンで一番緊張した瞬間でした。


その後最初に行った親戚の家にもう一度行ってみると、バーベキューはもうすでにひと段落した感じ。
どうやら最初に来た時も裏のほうにいたらしい・・・。
絞めたばかりの豚肉とワインをいただく。

若干疲れていたのですぐに帰宅したが、こんな感じで今年の元旦もたくさんのベナン人に囲まれて過ごすことができました!

ちなみに今年の目標は、
1.帰国まで事故、病気をすることなく元気に生活すること。
2.現在行っている活動をやりきること。

この2つに限ります。

あと2か月半になってしまいました。
がんばります!
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2009年12月31日

2009年最後の日

今日で2009年も終わり。
最後だということで普段撮らない夕日をパチリ。

2009年最後の夕日.JPG

そして夜は同任地の隊員と年越し天ぷらうどんを食べ、その後はベナン人の友達と飲みに。
最初に行ったのは初めていくバーのようなところ。
壁のミラーには酒瓶を持った変なサンタが・・・。

変なサンタ.JPG

大晦日だからもっと人がたくさん集まるかと思ったけど、案外空席のある店内。
ベナンも日本と同じように年末年始は家族と過ごすのが基本らしい。
(ただ若者たちは外出してしまうらしい。これも日本と同じ。)

中の様子.JPG

そしてしばらく飲んだら店を変える。
会計はあまりお金を持っていないはずのベナン人が支払ってくれる。
「払うよ」と言うと、「今日はフェット(お祝い)だからみんなで楽しもう!」という答え。
自分が払うのを期待してくるわけでなくこういうベナン人だからこそ友達関係が続くのかもしれない。

2件目は別のバーのようなところ。
店内では踊り狂う若者たち。
ただ席が空いていなかったため、店外の席でおとなしく話しながら飲んだ。

そしてその間に日付が変わって2010年になったが、誰の時計が正しいのかもよく分からず、だらだらの年越し。
ベナンで2回も年を越すなんてなー。
周りでは一応花火や爆竹の音。

このお面をかぶっているのはカレタと呼ばれる子どもたち。
ダンスをしてお金をせびってくる。
ちなみにベナン人男性はたいていの人が子どものころに経験をしていて、多いときには1日4〜5千フラン(約千円)もかせぐことができるらしい。(もちろん白人などの上客をつかまえればの話だが。)

カレタ (2).JPG


その後一度友達の家へ帰ったら、そこではお金をかけてトランプ。
確かに普段も昼間からやっている人もいるが、今日はお金の額が違う。
1万フランや5千フラン札が飛び交う・・・。

カジノ.JPG

これもフェットだからだろうか。
日本でいう花札みたいなものかな。

その後3件目のバーへ行き友達とゆっくり話しながら飲む。
「いつまで飲むの?」と聞くと、「夜明けまでだ。」という答え。

自分は結局眠くて2時ごろに帰ったが、その時間でも外にはたくさんの人たち。

新年明けましておめでとうございます。
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2009年12月28日

実験室の裏事情

ベナンでは実験室や実験器具の不足等が問題としてありますが、自分が活動する首都・ポルトノボの中学校にはほとんどの学校に実験室があり、十分でないにしろ実験器具が配備されています。
そしてムッシュAと実験指導書を作る際にも、いつも実験室の準備室のようなところを利用しています。

しかしながらそこを利用するにはムッシュAの力だけではダメなのです。
実験室がある学校には実験室技師が配属されていて、学校にもよりますが、多くの場合その人しか実験室や準備室のカギを持っていないのです。

自分「何で他の先生たちは実験室のカギを持っていないんですか?」
ムッシュA「他の先生にもカギを渡してしまったら、実験室にあるものを盗んで、売ってしまう人がいるんだ。」

日本の現状から考えると信じられないことだが、ベナンでは確かに何でもマルシェ(市場)で売っているし、そのまま売れないにしても、分解すれば部品を売ることができる。

しかしながらムッシュAがカギを持っていないということは、自分たちが活動をしたくても、実験室技師が学校に来てくれないと活動をすることができない。
実際にいつも実験室技師は遅れてくるし、とくに休暇に入った今、実験室技師はなかなか学校に来たがらない。
今日も9:00から活動をするから準備室を開けてくれとムッシュAが何回もお願いしていたにもかかわらず、「来る」と言いつつも来なくて活動ができなかった・・・。

自分「休暇の間だけでも、あなたがカギを使わせてもらえばいいじゃないですか。」
ムッシュA「俺は嫌だ。」
自分「何でですか?」
ムッシュA「だって俺がカギを借りたら、実験室技師自身が実験室にあるものを盗んで売ってしまう。そして彼は俺が盗んだと言って俺の責任になるだろう。」
自分「そんなことしないでしょ!?」
ムッシュA「でもベナンではよくあることなんだ。だから俺は信用していない。」


所得が低いベナンでは残念ながらこのような現状があるのです・・・。
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2009年12月24日

イブの夜

今日はイブの夜。
同任地の隊員たちと食事をして、夜中の0時に教会へ。
なんだか日本の初詣のような雰囲気。
早速中に入って、空いている席に座った。

が・・・。

到着して5分ほどで終了してしまった・・・。
昨年他の教会に行ったときは0時開始くらいだったのだが。
やっぱりちゃんと時間を調べないといけないな。

サクリクー.JPG
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2009年12月23日

プロジェクト始動

ついに最近準備していた(自分自身は出席しているだけだが・・・)プロジェクトが始動した。
クッフォ県というベナン西部での試験的プロジェクトである。

9:00集合だったが、どうせみんなまだいないだろうと思って時間ぎりぎりに行ったら、ほぼ全員の先生たちがすでに集まっている!
何かいつもの様子と違う・・・。

ただ実際に教室が開いたのは9:40頃。
教室に入ってみるとそこには200人ほどの先生たち。
そしてみんなの集合がいい理由がすぐに分かった。
今回の研修では食事が出るだけでなく、2000フラン(約400円)が支給されるのだ。
まあこの研修自体がJICAの資金援助によるものなので、元をたどれば日本の税金なのだが、それだけでこの集合の良さはすごい。

ただ少しして開催校の校長先生が、主催者の到着が遅れていることを告げに来た。
日本の資金援助で行っているのに遅れるなんてありえない!と思いつつも待っていたが、いっこうに到着する気配がない。
結局到着したのは13:00過ぎ。
すぐに食事で、研修会が始まったのは14:00だった・・・。

「こんなことなら午前中を俺にくれ!」と叫びたい・・・。
(そうすれば先日できなかった研修の内容を行うことができたのに。)


ただ理由を聞いていると、昨日もクッフォ県で仕事をして、3時間かけてコトヌーへ帰り、資料をとり、ポルトノボへさらに1時間かけて帰り、さらに仕事をし、朝一で出発してきたが、すごい渋滞に巻き込まれて遅れたとのこと。
その頑張りはすごいと思うが、肝心の研修会が半分以上潰れたのでは元も子もない。

そして肝心の研修会はというと、時間がなかったために資料を配布して、読んで、簡単に説明をして終わり。

200人.JPG

プロジェクト資料.JPG

それにしても先生たちは本当に大きな子供である。
資料を全員にその教科(3つの教科の先生がいる)のものを配る時間がなかったために、1つのテーブルに1冊だと言っているにもかかわらず、
「もう1冊くれ!もう1冊くれ!」

教の研修会の内容は教科にかかわらないから、自分の教科が書いていなくてもそれを使ってくれと言っているにもかかわらず、
「SPCT(物理化学)に代えてくれ!」
「俺はSVT(生物地学)だ!」
と言い、席を立って集まってくる始末。

極めつけは、みんなにそれぞれの教科の資料を配った後に、こっそり自分の分を机の下に隠して、ほかの教科の分ももらおうとする先生たち。

このモラルに欠けた先生たちが生徒たちを指導するわけだから恐ろしい。

ただそんな研修会でも終了後に研修を行った先生と所に質問に来て、熱心に話を聞く先生の姿も。

教えを請う.JPG

こういう先生が少しでもいたなら、やった効果があったと言えるのかもしれない。
ただ半日潰れたのが本当に惜しいところである。

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2009年12月22日

グリグリの威力

今日は1学期最後の日。
最後の日は「La journée récréative(レクリエーションの日)」といって、生徒たちが休暇に入る前にみんなで食事をしたり、踊ったりする日。
クラスによってはお金を出しあって、町中の音楽がかかっているところに繰り出すらしい。実際に教室をのぞいてみると、音楽がガンガンかかっていて、生徒たちが踊っている。

終業式の日.JPG

そんな日なので、先生たちは出勤しないのが普通なのだが、ムッシュ Aは自分と仕事をするために来てくれる。

そして仕事を終えて、ムッシュAが唐突にこんなことを言い出した。

「ムッシュタクヤ、来週の月曜日は1日中仕事をする約束だったはずだが、午後仕事ができなくなった。というのも友達で教科指導員をしている先生がグリグリ(ヴードゥー教の黒魔術)をされて、病気になっているんだ。月曜日の午後にガーナからキリスト教の司祭を呼んだから、お祈りをしてもらいに一緒に行くんだ。」

正直ベナンでいくらグリグリが浸透しているとはいえ、ムッシュAのような人まで真剣に信じているとは思わなかった。

彼が言うには、グリグリで人が亡くなったら、その人はムトン(羊)に生まれ変わって、グリグリをした人のところに来るらしい。
そしてそのムトンを秘密結社の長に献上するらしい。

根づいている文化というのは本当にすごい・・・。
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2009年12月20日

マイカリ?

先日友達のお母さんの誕生日会で、ひとりの女性が話しかけてきた。
「日本のどこから来たのですか?」
言っても分からないだろうなと思いながらも、
「名古屋の近くです。」
と答えたところ、
「高山の手前ですね。」
と言われた。
ベナン人の口から「高山」という地名が出たことにびっくりして、話しを続けていると、
「マイカリを知っていますか?」
(何だマイカリって?)
「日本の宗教です。」

とやっとここで気がついた。
そういえば前誰かが言っていたような気がする。
アフリカに「真光教」の人がいると。
そして後から調べたところ真光教の世界総本山が高山にあるらしい。

マイカリというのは「MAHIKARI」をフランス語で発音した呼び名である。(フランス語はHの音を発音しません)

そして今日そのセレモニーがあるということで、宗教自体にはまったく興味ないのだが、日本の宗教がどういう形でアフリカに存在しているのかということに興味があり、行ってみることにした。

朝9時家の前集合だったはずだが、誰もいない・・・。
友達とたまたま会って、
「10時からスタートだと言っていたよ。」
と言うと、
「私も行くから11時に出発しよう!」
と言われた。
超アフリカン・・・。

そして迷いながら行ってみると、たまに通る道沿いに「MAHIKARI」の文字。

マイカリ.JPG

中ではもう始まっていて、代表のような人が教えを説いていた。
前には漢字で「真光」という文字が。

教説.JPG

そして話を聞いていると、たまに日本語だと思われる言葉が出てくる。

そしてその後みんなで手をかざしながら何やら唱え始めたのだが、それがすべて日本語である。
どうやって覚えたんだろう?
やっぱり丸暗記かな!?

そして終わった後には教徒の人たちだけでもう一度お祈り。

日本語で唱える.JPG

その後日本人の自分は丁寧にあいさつされ、手をかざして光を見せてくれるという。
何だか気持ち悪かったので自分は興味ないと言って断ったが、他の初めてきた人たちはそれをやってもらっていた。
唱えてもらっても日本人でさえよく分からないのに、ベナン人が何を感じるんだろう?
「光が見えた!」と答えるのだろうか!?

それにしてもこの日本でも少数派の宗教がどうしてアフリカの地に?
そしてこの「真光教」だけでなく、「創価学会」のベナン人もいる。

謎は深まるばかりである・・・。
posted by 赤石 at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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