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2009年11月14日

ガンビエへ

今日はウィダから水上集落「ガンビエ」へ。
ここは奴隷貿易が行われていた時代に逃げてきた人たちが作った集落だと言われている。

今回は天気がとてもよく、また夕方にかけての観光ということもあって、集落の景色がとてもきれいだった。

ガンビエの様子.JPG

いろいろな場所を訪問することができたが、前回行かなかったところとして伝統医療者の家がある。
まずはソダビ(パームヤシから作った地酒)で歓迎された。
この人は神のお告げによって薬草を調合することで、どんな病気でも(エイズでさえ)治すことができるらしい・・・。
また病院に行ったら医者が診察をして、「この人(伝統医療者)の所へ行くように」と言うらしい・・・。
参加者みんなで記念撮影。(真中にいるのが伝統医療者)

伝統医療者と.JPG


そして夜には隊員連絡所で他の隊員が食事や飲み物を準備していてくれ、一緒に食事をすることができた。
後から聞いたところによると昼過ぎから準備してくれていたらしい。
本当にどうもありがとう!

そしてここでも誕生日を祝ってアイスケーキの上のロウソクの火を消させてもらった。
重ね重ね皆さん本当にどうもありがとう!


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2009年11月13日

ウィダへ

今日は奴隷貿易の行われていた町「ウィダ」へ。
他の視察の旅の家族とも合流し、博物館を見学。
ここはポルトガル城跡で現在は歴史博物館として使われており、ウィダの歴史や奴隷貿易、また奴隷がブラジルやハイチなどに伝えたヴードゥー教について知ることができる。

その後「PLACE CHA CHA(チャチャ広場)」という奴隷競売場跡へ。

プラスチャチャ.JPG

そして奴隷の道を通り海岸にある「還らずの門」へ。

還らずの門.JPG

夜はホテルのレストランで豪華にイセエビを堪能。
海辺で波の音を聞きながら両親とゆっくり過ごした。
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2009年11月12日

三十路記念

今日は何と自分の誕生日。
三十路になる記念すべき誕生日を、アフリカ・ベナンで両親と共に迎えるなんてはっきり言って奇跡です!

今回の視察の旅では親たち以外にも元ポルトノボ隊員が添乗員として来たので、一緒に飼っていたムトン(羊)のユキちゃんを絞めて食べようということになっていたのですが、何とユキちゃんご懐妊!
食べることができなくなってしまいました。

どうしても両親に絞める現場を見てもらいたかった自分は違うムトンを用意し、みんなでバーベキューをすることにしたのです。
(イスラム教のお祭り「タバスキ」前だったため、高かった―!)

命をいただきます。

絞める.JPG

足を切って、空気を入れて膨らませる。
目の前のブツが若干気になる・・・。

ふくらます.JPG

果敢にも剃毛に挑戦するオカンとそれを見守る親父。

剃る.JPG

その後ベナン人の友達に肉を分解してもらい、我が家へ移動し開始!

今回のムトンも美味かった!
前回食べたときに「しっかり餌をやって世話していたから美味かったんだ」と言っていたが、あまり関係ないということが分かった・・・。
調理してくれた友達に感謝!

焼く.JPG

食べる.JPG

そしてサプライズでポルトノボ隊員が誕生日ケーキやプレゼントを用意してくれていた!
こんなに大勢の人に祝ってもらった誕生日なんてこれまであっただろうか?

ケーキ.JPG

どういうわけか、親父、オカンと共にケーキ入刀。

入刀.JPG

酔っ払って若干はっちゃける親父とオカン。

はっちゃっける.JPG

その後昨日招待してもらった友達の訪問があり、誕生日の夜が過ぎていきました。

本当に奇跡の1日。
日本にいたら平日に両親と誕生日を迎えることなんてないだろう。
日本にいたらこんなに大勢の人に祝ってもらえることなんてないだろう。
日本にいたら三十路記念にムトンなんて絞めないだろう(間違いなく)。

こんな素敵な日を迎えられたことに感謝です。
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2009年11月11日

市内観光&活動見学

午前中からポルトノボ観光へ。
やはりポルトノボ観光と言えば博物館見学は外せない。
道端でフランスパンのサンドイッチを食べて(これはいけた!)から、ストライキ中の職場を通過し、王宮博物館へ。

博物館では普段館内は写真撮影禁止なのだが、聞いてみると5000フラン(約1000円)でOKだという。
ふざけんなと思ったが、両親が写真撮影できるように交渉し、結局250フラン(約50円)で成立。

これは奴隷貿易が行われていた時代の大砲。
大砲1砲が男性15人、もしくは女性21人と交換された。

大砲.JPG

これは当時グリグリ(黒魔術)で使われた道具。

グリグリの道具.JPG

博物館の後はグランマルシェ(大きな市場)や鶏や食用の猫などが売っている市場を見て、トッファ像(ポルトノボの昔の王様)のあるバイヨール広場へ。

写真を撮って子どもたちに見せる親父。

囲まれる親父.JPG

そして昼食は、ぜひ両親に食べさせたかったイニャムピレ(ヤマイモをついたもの)。
が・・・。
太陽が照りつける中歩きまくった結果、疲れた両親は食欲全くなし。
結局食べずに帰宅して休憩・・・。


そして約1時間後、今度は活動を見てもらうために、実験教室を行いにリセビアンゼンへ。
今回も先週と同様ストロー笛。
子どもだましに見えるが、案外一生懸命作る。

ストロー笛作り.JPG

子どもたちにからんでいく親父とオカン。

からむ両親.JPG

そして終了後、親父の念願をかなえてあげることができた。
というのも、親父は戦後の「ギブミーチョコレート」の時代に育ったためが、ベナンでどうしても子どもたちに飴などを配りたかったようだ(笑)。
町を歩いていると、「拓也、飴やっていいか?」と聞かれるのだが、その度に「一度あげるともらえるものだと思われて、他の隊員たちにも迷惑がかかるからやめてくれ。」と言っていた。
しかし、実験教室に来た生徒たちに「今日はたまたま親が来ていて飴を持ってきてくれたからあげるよ。」と説明すれば大丈夫だろうということで、時間をとった。

キャラメルを1人1個ずつ配る親父とオカン。

キャラメル配り.JPG

そしてみんなで「いただきます!」
その時にうれしかったのが、同じ部屋にいたベナン人の先生2人が、自分が言う前に「ゴミはカバンやポケットに入れて持ち帰るように!」と実演してくれたこと。
一緒に活動している人は、本当によく理解してくれている。

集合写真.JPG


夜は友人宅へご飯を食べに。
パットルージュというベナンでは結構な御馳走を一緒に作って、いただいた。

混ぜるオカンと見守る親父。

パットルージュ作り.JPG

いただきます!(日本では手で食べることなんてないもんな)

手でいただきます.JPG

そして友達は親父とオカンにプレゼントまでくれて、2人にとって本当に良い思いをさせてもらった。
また、こういう親切なベナン人に支えられてベナンで生活しているということを両親に感じてもらうことができて良かった。
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2009年11月10日

任地へ

事務所でのあいさつを終え、タクシーで任地ポルトノボへ。
初めて見る昼間のベナンの様子に両親は興味津津な様子。
特に交通事情やバイクの多さにはびっくりしていた。

ポルトノボに到着後、少し休憩をしてから隣村のアジャラへ豚肉を食べに。
アジャラの豚肉はベナンでも有名。
両親の反応が気になる・・・。
が、いまいち・・・。
一緒に頼んだアカサ(トウモロコシの粉の上澄みを固めたもの)もいまいち・・・。
ピロン(キャッサバの粉と豚の煮汁を混ぜたもの)は母親としてはまあまあだったようだ。

そしてその後、楽器屋(アジャラは楽器も有名)等の見学をした後ピログ(小舟)に乗ってさらに隣村のアブランクーへ。

アジャラにて.JPG

ピログー.JPG

ピログー降りた後.JPG

ベナンの村の様子を見ながら同期隊員の家で休ませてもらいながら帰途についた。

夕飯は何としても行列のできるアタシ屋のアタシ(豆ご飯の辛いやつ)を一緒に食べに行きたかったのだが、豚肉でお腹いっぱいということで行けず、ちょっと味見をしてもらうために自分が持ち帰りで買ってきた。
食べた反応はと言うと・・・。

いまいち・・・。

どうやらベナン食の壁は思ったよりも高いようである・・・。
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2009年11月09日

上陸

ついに視察の旅一行がベナンのコトヌー空港に到着した!
つい1ヶ月半前に帰国したポルトノボ隊員が添乗員として、自分の両親を含めて5名の来ベ。

まだ荷物チェック等終わっていないのに、しきりに中から外をのぞいて手を振る母親。

チェック等終えて出てきた両親は1年半前別れた時より痩せ、若干旅行の疲れが見えた。
疲れたのは当然として痩せているのは心配したが、話しを聞くとすでに定年退職して何もしていない父親と母親は、毎日ランニングをしているらしい。
それを聞いて、両親が元気なことに安心した。

その後ホテルのバスで「Novotel Hotel」という高級ホテルへ。
しかしここはベナン。
夜10時近くになろうとしているのにもかかわらず、部屋の準備ができていない。
結局部屋の準備を待ちながらビールで乾杯!

こうして両親のベナンの旅が始まった。

ボナリベー.JPG
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両親ベナン上陸まで秒読み!

現在コトヌーの隊員連絡所。
というのも今夜、何と両親がベナンへ来るのです!

協力隊では「協力隊を育てる会」という団体が、「視察の旅」という隊員の親族や友人を対象に任国を訪問するツアーを企画しています。
もちろん自分たちでチケットをとって来ることができるのであればそれにこしたことなく、安い値段(20万円弱)で来ることができるのですが、旅慣れておらず語学面でも問題がある両親にとってはツアー以外で海外(ましてやアフリカ)に行くことなんて不可能で、いろいろ問題も起こる可能性があることを考えたら、高いお金(40万円強)を払ってでもこういったツアーで来てくれる方が息子としては安心です。

それにしても数時間後に両親がベナンの地を踏むということを考えると何だか不思議な気分です。

23歳の頃、両親に内緒で協力隊の試験を受けました。
内緒にしていたのは、間違いなく反対され、喧嘩になることが分かっていたからです。
でも当時から途上国に興味があり、大学院の研究でも途上国に対する国際教育協力を扱っていた自分としては、「合格が決まってから言って、どうしようもできない状態にしよう」と思っていたのです。
ただ実際に1次試験に合格し、いざ2次試験を受けようとするとき、「やっぱり親には事前に・・・」という思いが出てきて話をしたところ、予想通りの猛反対!
もちろん息子のことを心配してのことなのですが、それでも行きたい自分は、「教員経験を積んで、自分で独り立ちをして、現職で行くことができることになったら、快く送り出してほしい。」という風に一方的に約束をして、2次試験を辞退したのでした。
(親としてはその間に熱も冷めるだろうと思っていたようです。)

そしてその4年後。
教員経験を積んで、実際に現職で派遣されることが決定してから両親へ報告。
特に父親はそれでも文句ばかり言っていましたが、何とか送り出してくれることになったのです。

そんな猛反対だった親が2人そろってのベナン訪問。
こんなうれしいことはありません!

親不孝な息子が今できるのは、ベナンで生活する、活動する自分の姿を見てもらって、安心して自分の帰国を待ってもらうこと。
夫婦そろっての海外旅行を楽しんでもらうこと。
そして途上国に対してまだまだ偏見のある親に、少しでも理解してもらうことかなと思っています。

とにかく来週の月曜日の出発まで、精一杯親孝行をしたいと思います!
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2009年11月05日

天秤にかけた結果・・・

先々週から始めた今年度のゴミ拾い活動。
第1回はしっかりと活動できたものの、第2回である先週は生徒指導いわく、「日中にちょっと雨が降った。」ということで中止。
第3回である今回、生徒指導は現れもしなかった。
結局自分1人で始めたのだが、生徒指導がいなければやはり生徒たちもゴミなんて拾おうとしない。
外国人である自分が声をかけて行っているので集まっては来るが、それはただの外国人に対する興味からであって、実際に活動する生徒は本当に少ない。
自分を知らない生徒からの「チンチョン!」という声。
マジでむかつく。
そして残念ながら前回活動した場所にもすでにびっくりするくらいのゴミが落ちている。

活動終了後、活動してくれた生徒たちに聞いてみた。
自分「何でベナン人はゴミをそこら中に捨てるの?」
生徒たち「だってそうなんだもん。」
自分「お父さんやお母さんも捨てるの?」
生徒たち「うん。」
自分「じゃあこうやってゴミを拾っていてもまた捨てる?」
生徒たち「うん、たぶん・・・。」

結局文化の違いなのである。
ベナン人は決して汚いのが好きなわけではなく、むしろきれい好きである。
毎朝家の周りや店の前はほうきで掃くし、その音で目を覚ますことすらあるくらい。
学校でも登校したら当番の生徒が教室のゴミを掃き出してきれいにする。
ただみんながポイ捨てしたゴミがすべて掃除されるのならいいのだが、結局そういうわけにはいかず、掃除されない場所にはどんどんゴミが溜まっていく。
その結果学校の隅(学校によっては一帯)にゴミが散乱し、教育環境が悪くなっていく。
大通りはNGOなどが活動してきれいになっているが、小さな道には驚くほどのゴミが溜まっていく。
ベナン人の多くも、頭の中では分かっている。
ただ行動が伴わない。
そしてその大人たちを見て育った子どもたちは、もちろん大人の真似をする。

確かに昔はそれで良かったのだろう。
食べたものを周りにポイ捨てして、それを家畜が食べ、食べかすは作物の肥料となる。
ただ便利なビニル製品だけが入ってきて、それに関する知識は伴わなかった。
だから昔と同じようにそこら中にポイ捨てをして、現在環境問題となっている。

この活動をするにあたって生徒指導と話をして、自分の帰国後も活動を継続していけるように計画した。
ただはっきり言って今のままでは継続していけるとは思わないし、生徒指導自身も本当にこの活動が必要だと思っているのかどうか分からない。
「分かった。こうしていこう。」という話はしてくれたが、外国人ボランティアの手前とりあえず始めたという印象がぬぐえない。
結局こういった活動は現地の人が本当に危機感を感じて「変えよう!」という意識を持って、さらに他の教師も巻き込んで学校レベルで活動していかないと意味がないのだ。

残った活動期間でそれに対してできる限り一生懸命取り組むこともできるのかもしれない。
ただ「それに対する労力と残された期間、そしてその後に期待できる成果」と、本来自分に求められている「理数科教育向上に関する活動のまとめ」を天秤にかけた結果、このゴミ拾いに関する活動から手を引こうと思った。

「意味のないことはない。」
確かにそう思う。
だからこんな状態でも継続していくことが大切なのかもしれない。
だが結局は環境。
国レベルでポイ捨てをしている国で、それに対してほとんどの人が何も抵抗を感じない国で、日本の感覚とは全く違った国で日本人である自分が片手間で活動しても、残念ながら意味は限りなくゼロに近く感じてしまった。

残念ながらそれが今のところの結論です。
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2009年11月04日

科学クラブ始動!

ついに今日から科学クラブの活動がスタートした。
第1回である今日はクリップモーターを作ってみようという風に話をしていたのだが、前日に材料が準備できないということで、急きょストロー笛に変更。

15:00開始。
今日は中学2年生の番。
その時点では20人くらい。
これくらいで済んでくれれば良かった・・・。
どんどん遅刻の生徒たちが来て、最終的には60人くらいに。
たくさんの生徒たちと一緒に活動できるのはいいのだが、いかんせんこの学校はおそらく日本で言う「教育困難校」の男子校。
昨年自分1人で担当していた時は25人程度であったが、それでも苦労した。
今回はベナン人の先生も一緒とはいえ、正直辛かった・・・。

生徒たち全員に説明。

ストロー笛説明.JPG

まず、話しを静かに聞くことができない。
立ち歩く。
ちょっとしたことで寄ってきて、「相手にして攻撃」。
先生が話をしているときに笛を吹きまくって、吹くなと言っても聞けない。(鳴りものは禁物か!?)
そして文化の違いか、日本の生徒たちのように心がすんなりと通じない。
一生懸命やりたくて他に注意してくれる生徒もいるのだが・・・。

そして先生も。
自分は日本のように、全員静かにさせて話を聞ける状態にしてから話したい。
そうじゃないと後からもう一度同じことを聞かれることになるから。
でもベナン人の先生は全員が聞いていなくても、前の方の生徒たちが聞いていたら、話しをどんどん進めていってしまう。
この先生は体罰をしない。
ただそれに代わる策も残念ながら講じない。
普段高校の高学年の授業ばかりしているからだろうか!?

ただそんな感じではあったが、がやがやしながらも一生懸命作っている生徒たちの姿。

ストロー笛製作.JPG

日本の授業のように落ち着いた雰囲気というのは作ることができないが、生徒たちにとってこれまでにない新たな経験になっているのは間違いないようだ。
ただこの学級崩壊のような雰囲気で進めるのはどうも納得がいかない。
そういった面まで変えることができるといいのだが・・・。
まあ自分が帰国した後にこのベナン人の先生が活動を続けていけるような状況を一緒に作ることができるといいかなと思う。

来週は中学3年生対象に同じことを実施。
今回の経験をふまえて先生と話し合わなければ!

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2009年10月31日

アフリカを感じる旅

残りの任期も5か月を切ってしまい、ベナンを離れるのが名残惜しくなってきた今日この頃。
活動をしっかりしないといけない!と思うのと同時に、アフリカを満喫しないと!とも思う。
日本に帰国したらこんなに自由に時間を使うこともできないし、ベナン再訪なんてこともほぼないだろう。
ということで今日はボヌーというポルトノボから北方面にある川沿いの村の見学を目的に、ポルトノボ→サケテ→ボヌー→アジョウン→ダンボ→ポルトノボというコースを1周してきた。
今回は写真を通して簡単に紹介を!

ボヌー地図

ボヌー地図.jpg

ポルトノボからサケテへの道。
ナイジェリアから密輸ガソリンを運ぶバイクがたくさん。

ボヌー1.JPG

サケテからボヌー方面への道。
特に何もないが、その何もなさがいい。

ボヌー2.JPG

途中の村のマルシェ(市場)。

ボヌー3.JPG

ボヌーを高台から。
数か月前ならもっと水の量が多くて、本当にきれいだったらしい。

ボヌー4.JPG

ポルトノボにもつながるウェメ川。
本当に静かで心が安らぐ。

ボヌー5.JPG

川の支流。

ボヌー6.JPG

川沿いにポルトノボ方面へ帰る途中の風景。
緑豊かなアフリカの大地。

ボヌー7.JPG

途中の村へ訪問。
珍しく写真に写りたがるおばちゃん。
川でとれた魚と。

ボヌー8.JPG

子どもたち。

ボヌー9.JPG

見慣れない外国人と見慣れないカメラにビビって泣きじゃくる子ども。

ボヌー10.JPG

どこに行っても本当に子どもだらけ。

ボヌー11.JPG

ガリ(キャッサバの粉末)を作っているところ。

ボヌー12.JPG

再び水場。超きれい!

ボヌー13.JPG

こうして約3時間半のコースは終了し、ポルトノボへの帰途につくのでした。

ボヌー14.JPG

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